Fランク大学生のブログ

Fランク学生が真面目なブログを書いてみました。コメントを頂けると、思いもよらぬ反応が返ってくるかも!

終われない青春 後編


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 夕陽が今にも沈みかけようとしている神宮球場。外野席の観客はまばらだった。シーズン終盤、優勝争いから脱落したチーム同士のナイターとなれば、球場内は閑散としていて当然である。タクトとサユリは、ガラガラの外野自由席に座って、気の抜けた消化試合を観戦していた。
 先週、サユリから「野球の試合に連れて行ってください」というメッセージが送られてきたので、すでに消化試合となってしまったチケットを手に入れて神宮球場にやってきたのだ。
 
 クイズ大会の帰り際、「今度は古葉さんの方から誘って」とタクトに言われたことがきっかけで、サユリは頭を悩ませることとなってしまった。遊園地に誘おうか。しかし、乗り物が苦手だという先輩はアトラクションを楽しめないだろう。動物も苦手なので、動物園や水族館も不可。人気バンドのコンサートに誘おうとも考えたが、流行りの音楽の話に興味を示さなかったことを思い出す。プロ野球が好きだと言っていたのを思い出し、野球観戦に連れていってくださいとお願いした。神宮のチケットを取ったと連絡が入ると、あわてて野球のルールや有名選手のことをインターネットで調べまくった。

 2回の裏、ヤクルトの助っ人外国人が打席に入る。
「古葉さんは、どこか応援しているチームとかないの?」
「お父さんは巨人ファンなんですけど、私はあまり野球の試合を見たことがないんですよ。それで、野球に詳しい長谷川先輩と一緒に野球観戦して、いろいろ教えてもらおうと思ったんです」
「そうなんだ。基本的なルールとかは分かるの?」
「はい。ホームまで進めば1点とか、アウト3つでチェンジとかくらいは分かります」
 マウンドでは、若手のピッチャーがキャッチャーミットめがけて白球を投げる。
 ”カコーン”
大きな音が外野席にまで響く。2人が座っている席のななめ後方にボールが落下する。特大のホームラン。ヤクルトの貴重な先制点となった。
「すごい!この選手、よくホームランを打つんですよね?」
「まあ、今シーズンのホームラン王は確実だけど、まさか今日見られるとは思わなかった」
 突然の特大ホームランを目の当たりにして、タクトの気分は上ずっていた。
 試合は、ヤクルトが着実に得点を重ね、終わってみれば5点差の圧勝だった。
「今日の試合どうだった?」
 タクトは、帰る準備をしながらサユリに話しかける。
「大きなホームランが見れて楽しかったです。それと、長谷川先輩の解説も面白かったです。先輩は野球についても詳しいんですね」
「まあ、小学生の頃は少年野球のチームに入っていたからね」
「えっ、そうなんですか。長谷川先輩がスポーツをやっていたなんて意外です」
 タクトの意外な過去を知ったような気がした。
 今言ってしまおう。サユリは覚悟を決めた。


           22


「あの……友人の次のステージにまで進んでくれませんか!」
 言ってしまうと、少し肩の荷が下りた気がした。
「友人の次のステージって何?」
 とぼけている様子ではない。それが長谷川先輩という人物なのだ。
「えっと……恋人になってください、という意味です」
 サユリの顔がほんのり赤く染まる。タクトは少し考えた様子で答える。
「ごめん。無理だよそれは……」
 タクトは悲しそうな顔を浮かべる。
「私には至らないところばかりですが、もっと先輩に楽しんでもらえるように努力します。なので、どうか……」
 そうじゃなくて……タクトはサユリの言葉を遮って話し始める。
「古葉さんは素晴らしい人だと思うよ。気遣いはできるし、話していて楽しいよ」
 いったん言葉を切り、ペットボトルのお茶に口をつける。
 正直に話さなければいけない、と覚悟を決めた。
「実は僕、ギャンブル依存症なんだよ。いまや暇があると競馬や競輪のことばかり考えてしまう。ギャンブルをしていないと落ち着かなくて、毎月給料の大半をギャンブルに使ってしまうんだ。だから、古葉さんには釣り合わないよ。古葉さんなら、もっといい人を見つけられるはずだと思う」
 タクトの眼には悲しそうな光が浮かんでいた。古葉さんは素晴らしい人だ。できれば友人であり続けたい。しかし、恋人となると話は変わってくる。すさんだ生活に古葉さんを巻き込むわけにはいかなかった。
「ごめん。本当にごめん……」
 言い終わるのと同時に、小走りでその場を立ち去った。古葉さんの表情を見たくなかったし、何も言ってほしくなかった。
 パチンコ屋の騒音をもってしても、タクトの気持ちが洗い流されるくれることはなかった。過剰すぎるリーチの演出も、今日に限っては虚しいだけだった。大当たりを出したため、店外の換金所に立ち寄る。2時間足らずの間に4万円を稼いだというのに、気持ちは沈んだままだった。
 終電で家に帰ってきたため、夜中の1時を回っていたが、なかなか寝付けない。頭の中は神宮球場のあのシーンで止まっていた。あの場面での正解は何だったのだろうか?いや、すでに人生の歯車が狂っていたのだから、正解なんてあるはずがなかった。布団に入って眠りに落ちたときには、すでに太陽が昇り始めていた。


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 サユリは呆然としていた。突然の事態に直面し、どう行動すべきか分からなかった。駅はすぐ近くだし、最寄り駅までの電車の乗り継ぎも問題ない。しかし、先輩が戻ってくるかもしれないため、このまま待ってみることにした。
 「恋人になりたい」という言葉が先輩を追い詰めてしまったのだろうか。少し焦りすぎたのかもしれない。このまま2人の関係を終わらせてしまいたくはないが、今連絡するのは逆効果だと思い、LINEのメッセージを送ることはしなかった。いや、できなかったといった方が正確かもしれない。
 30分くらい経ってもタクトが戻ってくることはなかった。十数名ほど残っていたヤクルトの応援団も引き上げたので、自分も帰宅することにした。最寄り駅までに2回ほど乗り換えたはずだが、どうやってここまでたどり着いたか覚えていない。家までの道すがら、タクトが去っていった場面が頭の中を繰り返し流れていた。そもそも、悩みなんてなさそうなタクトが自分の人生を悲観的に捉えていたとは、思いもよらなかった。
 もっと時間をかけて慎重にアプローチすべきだったのかもしれない。そんな後悔がサユリを襲う。悲しい気持ちを、溜まった疲れと一緒に洗い流そうと思って、お風呂に入ることにした。湯船につかっていると、今までの楽しかった思い出と数時間前のフラれてしまった記憶が同時に押し寄せてくる。何度も顔を湯船にうずめてみるが、とめどなくあふれ出す涙を抑えることはできなかった。
 あれから数日間は、大学の授業も上の空だった。同じ学部の友人には「そういえば、最近長谷川先輩の話しなくなったね」と指摘された。これまでは、タクトのことを友人たちにも話していた。しかし、今タクトのことを話せるはずがない。
「まあ、いろいろあってね」
 沈んだ口調で答える。
「あっ、ごめん。触れちゃいけなかったかな」
 友人はサユリの様子に気づいたようであわてて取り繕う。
「サユリはさ、何でも自分の責任だと思いすぎなんじゃないかな。迷ったら私に話してみてよ。相談に乗ってあげるからさ」
 気遣いはありがたかったが、この状況を他人に相談する気にはなれなかった。


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 ”神宮球場事件”から一週間たったある日、サユリはLINEのメッセージを見て驚いた。タクトからの通知だった。
 サユリはあの日以来、タクトにメッセージを送ることができなかった。この状況を好転させる自信がなかったからだ。

(先日は、本当にごめんなさい。あの日は無事に家に帰れましたか?帰れていれば幸いです。もし僕のことを許してくれるのなら、明後日の午後2時に、横浜の赤レンガ倉庫に来てください。許すつもりがなければ、僕のアカウントを削除してください)

 ”横浜の赤レンガ倉庫”という地名に、一瞬心が躍った。長谷川先輩には似合わなそうな場所だと思ったが、とりあえず閉塞的な局面が打開されたことだけは確かだった。サユリは急いで返信文を考える。もちろん、「許す」の選択肢は決まっている。問題は、明後日の成り行き次第で2人の関係性が大きく決定づけられてしまうことだ。プラスにもマイナスにも転ぶ可能性がある。こうなった以上、これまで築いてきたギリギリの均衡を崩していくしかないのだ。

(許すとか、そんな深刻なことだと考えないでください。私の方こそ、あの時は不躾なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。もちろん、横浜の赤レンガ倉庫に行きます。明後日先輩と会えるのを楽しみにしています)

 よかった……古葉さんは許してくれたんだ。タクトは、送信から2時間後に帰ってきたメッセージを読んで安堵する。あんなことをしてしまったのだから、返信がなくても仕方ない。そう考えていたので、返信があったことが嬉しかった。
 タクトは、いわゆる”デート”にふさわしい場所を必死で探した。一般的なアベックは、遊園地や水族館に行くらしい。インターネットの検索エンジンで「デートにおすすめの場所」と調べただけで、未知の情報がたくさん表示される。パソコンの液晶に表示された検索結果は、タクトにとって新鮮な情報の洪水だった。古葉さんも本当はこういう場所に行きたかったのかな……そんな考えが脳裏をよぎる。
 タクトは、ある決意を固めていた。 


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「この前はごめんなさい」
 タクトは、待ち合わせ場所にやってきたサユリにむかって、深々と頭を下げる。
「そんなに気にしないでください。別に怒ってないですから」
 サユリは笑顔を浮かべて、怒っていないことをアピールする。
「ありがとう。ところで、古葉さんはお昼ご飯食べました?」
「まだ食べてないです」
 14時待ち合わせだったので、何か食べてこようかと思ったが、先輩とランチする展開も期待して食べないでおいた。
「じゃあさ、どこかでご飯食べましょうよ。実は、僕もお昼ご飯を食べていないんです」
 2人は、イタリアン料理のお店で遅めの昼食をとることにした。
 店内のオシャレな内装が、2人の間に流れる緊張感を増長させる。
ボンゴレビアンコを2つ」
 タクトには、ボンゴレビアンコが何なのか見当もつかない。ただ、好き嫌いは少ないので、食べられないということはないだろう。そう思って、古葉さんと同じものを注文した。
「先輩、ボンゴレビアンコ知っているんですか?」
 ハイカラな料理に詳しくなさそうな先輩が何も訊かずに注文したので、クイズにでも出てくるのかと思った。
「いや、実は知らないんだ。古葉さんが注文したから、不味いものではないだろうと思って……」
 サユリの顔に笑みが浮かぶ。やっぱりだ。先輩は、何でもないことで見栄を張るきらいがある。サユリは、心の中でタクトの性格を分析する。
 10分後、ウェイトレスがワゴンに載せた料理を運んでくる。平べったい皿の上には、貝がのったパスタが盛られていた。これがボンゴレビアンコか。美味しそうではないけど食べられないほどではないだろう、というのがタクトの正直な感想だった。
 謎のパスタを口に入れてみる。薄くて何の味なのか分からない。しかも、貝殻が邪魔をして食べづらい。やっぱりこういう店は向いてないな、とタクトは感じていた。美味しそうにボンゴレビアンコを食べている古葉さんを見て、この店に馴染んでいるなと思った。
「ここは僕が払うよ」
 財布を取り出そうとしたサユリを止めるように、タクトが言う。
「いや、大丈夫ですよ」
「前回のお詫びってことで、おごらせて」
 タクトは伝票をレジに持っていき、なかば強引に2人分支払った。
 店を出ると、ショッピングエリアを歩きまわった。サユリは雑貨やお土産物を楽しそうに見ていたが、タクトは心ここにあらずという様子だった。タクトは、腕時計を見て16時になったのを確認すると、大桟橋に行こうとサユリを誘った。


               終


 16時55分。2人が大桟橋に着くと、港に停泊していた大型船がちょうど出港するところだった。
「船、こんなに大きいんですね。近くで見ると迫力を感じます」
 サユリは間近で出港した船を見てはしゃいでいるようだったが、タクトは上の空という様子で生返事をする。
「先輩、どうしたんですか?」
 サユリは、もしかしたら自分が嫌われてるのではないかと心配になって尋ねる。
「あっ、ごめん」
 我に返った様子で、サユリのほうに向き直る。聞いてほしいことがあるんだ……タクトは、真剣な表情になってつづける。
 「俺のこと、助けてください」
 すがるような眼差しでサユリを見つめる。今のタクトにとって、唯一の頼れる存在がサユリだった。
「もちろんです!先輩のことを精一杯サポートします。」
 サユリは、タクトに頼られたことが嬉しかった。自分のすべてをタクトに捧げたい。そう思えるほど、目の前にいる先輩はサユリにとって魅力的なのだ。
 一般的な愛の告白とは程遠い。現在のタクトは、普通の恋愛をするためのスタート地点にすら立てていないのかもしれない。しかし、底が見えないほどの深い愛情と信頼感が、2人の間を満たしているのは明らかである。
「いつも僕を支えてくれてありがとう。これからも、古葉さんを幸せにしていきたい」
 一度言葉を切る。そして、覚悟を決めて次の言葉を紡ぎだす。
「いや、絶対に幸せにします」
 一世一代の宣言をしたタクトが決意のこもった眼でサユリの顔を見つめると、サユリの顔がさらに赤く染まっていく。その表情をみたタクトの顔も、夕陽に負けないくらい真っ赤に染まる。この5分足らずの間に、緊張、不安、そして喜びの感情を一気に味わうこととなり、タクトの心臓は忙しく動き続けている。一方のサユリも、言葉にできないほどの幸福感に満たされている。 

「お願いが2つあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
「お願いって何ですか?」
 一瞬の間が開いた後、タクトが口を開く。
「1つ目は、俺の通帳を預かってほしい。俺、金を無駄遣いする癖があるだろ。だから、毎月必要な金額だけ渡してほしいんだ。そうすれば、ギャンブルとかでお金を使いすぎることはなくなると思う」
「えっ!通帳を預かっちゃって大丈夫ですか?」
 サユリは、どんな頼みでも聞き入れるつもりだったが、予想を超える突拍子もないお願いにただただ驚くしかなかった。
「大丈夫。そうしないと、いずれ破産しちゃうし、古葉さんなら信頼できるから大丈夫だよ」
 人生で5本の指に入るほどの驚きがい一段落すると、通帳を預けてもらえるほど信頼されていることへの感動がこみあげてきた。
 タクトは、2つ目のお願いがあると言い、さらに言葉をつづけた。
「ギャンブル以外の楽しいことをたくさん教えてくれますか」
「もちろんです!二人でいろんな場所に行って、たくさん楽しいことしましょう!」 
 即答したサユリの声は弾んでいた。
「私からもひとつお願いがあります」
 サユリは、思いついたように口を開く。
「敬語はやめましょう。私に対しては、ため口で接してください」
「どうしてですか?」
 タクトは不思議そうに尋ねる。年齢にかかわらず、尊敬できる人に対しては敬語を使うことがタクトのポリシーなので、年下であるサユリに対しても敬語を使ってきた。
「恋人同士というのは、普通ため口で話すものなんです。なので私たちも気軽な感じでしゃべりましょう!」
「分かりました」
「先輩、それもため口になってる」
 2人は、くすくすと笑い合った。 
 日の入り寸前の真っ赤な夕陽が、2人のこれからを祝福するように照らしていた。

 

脚注
篆書:周時代末期に使用された書体。同じ太さの線で描かれるのが特徴
ワンピース:上衣とスカートがつながった女性用の衣類
ポニーテール:髪を後頭部で一つにまとめて垂らした髪型。主に髪の長い人に見られる
キャミソール・ノースリーブ:どちらも女性向けの衣類。袖がないため、夏に着るものと思われる

終われない青春 中編

              11

 

 9月最初の日曜日。サユリは、高校時代の友人と共に母校の文化祭に来ていた。卒業してから半年しか経っていないというのに、母校の校舎が懐かしいと感じた。お化け屋敷や縁日をひと通り楽しんだあと、友人と別れて書道部の個展に立ち寄った。
 「古葉先輩、お久しぶりです」後ろから、懐かしい声が聞こえてきた。1学年下のミユキだ。ミユキとは、休日に一緒に遊ぶほど仲が良かった。卒業以来疎遠になっていた空白を埋めるように、思い出話などに花を咲かせた。
 書道室を後にして、何かいい出店がないかと廊下を歩いていると、見覚えのある顔を見つけた。急激に胸が高鳴る。
「あっ、長谷川先輩、こっ、こんにちは!」
 突然のことにあわててしまい、しどろもどろなあいさつとなってしまった。
「やあ、古葉さん。久しぶり」
「先輩は、数学研究会のブースに顔を出すんですか?」
「いや、クイズ研究会の所に行って、早押しクイズをやろうと思ってる」
 今年誕生したクイズ研究会が早押しクイズのイベントを行うという情報を聞き、母校の文化祭に足を運ぶことにしたのだ。
「一緒に行ってもいいですか」
 勢いで言ってしまってから、急に恥ずかしくなる。
「分かった。一緒に行こう」
「実は早押しクイズに興味があったんで、行こうと思ってたんです」
 おかしなことを言ったわけではないのだが、ついつい取り繕うような言い方になってしまう。
 3階にあるクイズ研究会のブースにやってきた。このブースでは、早押しクイズに正解すると数字の書かれたパネルを自分の色にすることができ相手のパネルをはさむと自分の色に変わる、という有名なクイズ番組の企画を体験できるらしい。四人用のゲームのため、タクトとサユリのほかに現役の生徒と思われる2人と一緒に対決することとなった。クイズ研究会の生徒がルール説明をしているが、サユリは心臓がドキドキしてしまい、クイズどころではない。なにしろ、タクトの息遣いを感じられるほど2人の距離が接近しているのだ。
 タクトは、これから始まるクイズを前に、緊張感を高めていた。
 第一問、クイズ研究会の生徒が力をこめて問題を読み上げる。


            12


「北と、」
 ピコピコ―ン……早押しボタンの音が、室内に鳴り響く。
 押したのはタクトだった。
「北微東」
 一瞬、場に静寂が走る。サユリは、長谷川先輩が自信満々に答えたことに驚く。ほかの二人の解答者も、タクトの解答に驚いているようだった。
 ピンポンピンポン……正解を示す効果音が鳴り響く。問読みの人が、問題の続きを読み上げる。
「北と北東の間にある方角といえば北北東ですが、北と北北東の間にある方角といえば何でしょう?」
 北より微妙に東寄りなので北微東ということですね、と司会の人がフォローする。タクト以外の三人は、置き去りにされているような気分だった。
 問題は進み、パネルがタクトの色に染まっていく。サユリは、長谷川先輩ってすごいなと実感するとともに、自分も一問くらい答えてみたいと思っていた。
 第八問。
「あごの先から耳の中心を通る線の延長線上にある結び目はゴールデンポイントと呼ばれ最も見栄えが良いとされる、」
 ピコピコ―ン……解答権を得たのはサユリだった。
「ポニーテール」
 多分正解だとは思うが、ドキドキしてしまう。
 一瞬の間が空いたのち、効果音が鳴り響く。正解であることが確定した。たった一問正解しただけなのに、サユリの心は大きく弾んでいた。「クイズってこんなに面白いんだ」サユリは、早押しクイズの魅力にひきこまれていた。
 その後、サユリは女優の問題にも正解することができた。最終的にはパネルのほとんどがタクトの色になっていたが、早押しクイズを体験できたので大満足だった。

「古葉さんすごいね。ポニーテールなんて言葉知らなかったよ」
 真顔で言うタクトを見て、サユリは思わず吹き出してしまった。
「先輩、ポニーテール知らなかったんですか!」
 タクトがファッションに興味がないことは知っていたが、まさかポニーテールを知らないとは思わなかった。
 早押しクイズの話をしていると、エプロンをつけたウェイトレスが二人のもとにパスタを運んできた。サユリの後輩のクラスがパスタ屋を出しているということで、この模擬店にやってきた。タクトは、高校生の時に一度も模擬店に足を運ばなかったので、文化祭の新しい一面を知れた気がした。
 模擬店を出ると、お化け屋敷に行かないかとサユリに誘われた。しかし、競馬のメインレースを見たかったので、用事があると言ってサユリと別れ、競馬場に向かう。


               13


 10月上旬の競馬場。いくぶん暑さは和らいだが、場内は人々の熱気に包まれている。今日は、スプリンターズステークスという大きなレースが開催されるのだ。タクトは、このレースで2番人気の馬を狙っている。1番人気の馬は、充分な実績を残しており飛び抜けた人気になっているのだが、ジョッキーが不調なため勝てないと予想した。競馬は馬の力だけでは勝てない。上に乗るジョッキーの判断力があってこそ、レースに勝利できるのだ。というわけで、2番人気の馬に1万円を賭けることにした。
 ファンファーレに包まれながら、全馬ゲートに収まる。ゲートが開き、スタートが切られた。タクトが賭けた2番人気の馬は素晴らしいスタートを切り、先頭に立った。1番人気の馬は中盤で脚を溜め、最後の直線に余力を残すように走っている。
 タクトが賭けた馬を先頭に、十数頭のサラブレッドがカーブを曲がってくる。最後の直線、1番人気の馬はラストスパートをかけようとする。しかし、前にいる馬が邪魔になって、加速することができない。
「馬鹿野郎!」「ふざけんな!」
 1番人気の馬に賭けていた客たちから怒号が飛び交う。タクトの予想通りのレース展開となった。
「このまま!逃げ粘れ!」
 タクトは、自分が賭けた馬に声援を送る。ラスト50メートル地点。もうすぐゴールというタイミングで、3番人気の馬が外側から迫ってくる。頼む、抜かれるな。1着でゴールしてくれ。タクトは祈る気持ちでレースを見つめる。だが、そんな願いもむなしく、外側から追い抜かされてしまった。馬券は一瞬で紙切れに変わった。
 1番人気の馬が負けるところまで予想できていただけに、余計に悔しい。3番人気の馬に賭けておけばよかったと後悔した。
 途中のコンビニで買ったさきイカを口にくわえ、イヤフォンで尾崎豊の曲を聴きながら長い家路を進む。帰りの電車内がすごく混雑していたので、一つ手前の駅から歩くことにした。頭の中では、すでに来週のレースのことを考えていた。


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 サユリは自分の部屋でTVを眺めている。TVの中では、有名大学を卒業した“インテリ芸能人”たちによるクイズ対決が繰り広げられていた。クイズ番組を観るたびに、長谷川先輩のことを思い出す。早押しボタンの前で息を殺し、読み上げられる問題を遮るようにボタンを押す様子は、さながら獲物を狙う狩人であった。クイズ番組を観ているうちに、無性に長谷川先輩とやりとりしたくなった。サユリは、ある決意をもってスマートフォンの電源を入れた。

(長谷川先輩、先日のクイズは楽しかったです)
(先輩に本気で聞いてほしいことがあるんですけど、いいですか?)
 
 何だろう……。
 タクトは、古葉さんからのメッセージを見て不思議に思った。古葉さんにはもっと親しい友人もいるだろうに、わざわざ俺に相談したいこととは何なのか。いくら考えてみても、何も思いつかない。それにしても、文中の「本気」という言葉が気になる。

(いいですよ)
 
 タクトの返事を見て、サユリは練りに練った文章を打ち込む。

(実は長谷川先輩と一緒に委員会の仕事をしていた頃から、先輩の気配りができる部分に魅かれていました。また、先輩と話をするといつも新たなことに気づかされ、楽しい気分になれます。先輩との楽しい時間をたくさん過ごしたいので、私とお付き合いしていただけませんか?私も、長谷川先輩を幸せにするために精一杯頑張るので、どうか私の彼氏になってください)
 
 もう一度文章を確かめ誤字脱字がないか入念に確認してから、祈りを込めて送信する。いつ長谷川先輩からの返信がくるのか、結果はどうだろうか。サユリは、期待と不安が同時に押し寄せてくる感情の波に呑み込まれそうになっていた。しばらくスマートフォンの画面を見つめていたが、先輩からの返事はいつも時間が経ってからくるため、部屋の片づけをすることにした。こういうときは、何かしていないと落ち着かないものだ。気分が昂っているのか、本の背表紙がわずかにずれていることさえ気になってしまう。
 部屋の片付けが一段落したのでスマートフォンを確認してみるが、先輩からの返信は届いていない。夕飯ができたと母親の声がしたので、1階のリビングに向かった。


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 えっ……付き合う?彼氏?
 タクトはLINEのメッセージを読んで困惑していた。これまでの人生で誰かに恋心を抱いた経験はゼロ。そもそも、恋愛というものに興味がない。どうしたらいいのだろう。古葉さんにはどのような返事を送るべきなのか、しばらくの間考えてみた。古葉さんを傷つけないよう、文章の端々まで注意して最大限の配慮をしたメッセージを送信した。

(僕のことを褒めてくれてありがとうございます。古葉さんの想いは、しっかり伝わりました。しかし、私は今まで恋愛をしたことがないため、付き合うということがどういうことか分かりません。古葉さんの想いに応えられなくて申し訳ありません。しかし、古葉さんならもっと素晴らしい人に巡り合えると思います)

 恋愛とは茶道のようなものだと考えている。茶道には表千家裏千家があることぐらいは誰でも知っている。しかし、表千家裏千家が具体的にどういう流派かを知っている人は、少数派であろう。恋愛というものの存在自体は知っているが、中身についてはほとんど知らない、興味がないということである。言いえて妙な表現だ、と我ながら感心する。
 それにしても、古葉さんが自分に対して好意をもっていたとは意外だった。幼いころから内気な性格で、人づきあいが苦手だった。小学生の頃などは、相手に合わせることばかりを考えて、自分らしさを出せなかったこともあった。その反動もあったのか、現在では自分の主張を前面に押し出すような性格になっていた。そんな性格が原因で、周りの人から嫌われることもままあった。古葉さんは、僕のことを気配りができる人だと思っているようだが、それは的外れだと思う。あくまで委員会の後輩だったからであり、いつも周りに気を配っているわけではない。また、大学生になってからわがまま度が増しているのを実感している。
 スマートフォンでオセロのネット対戦をしていると、メッセージの通知がきた。サユリからの返信だ。オセロの負けが確定すると、すぐにLINEを起動した。


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 先輩は恋愛そのものに興味がなかったのか。
 サユリも本格的に誰かと付き合った経験はないが、いつかは恋をしてみたいと思っていた。できれば、相手は長谷川先輩がいい。これまで出会った男性のなかで、1番魅力を感じた人だから。LINEの文面ではやんわり断られているが、可能性はまだあると思った。長谷川先輩に彼女がいるわけではないのだから。

(私も、誰かとお付き合いした経験はありません。最初は、恋愛の仕方など分からなくて当たり前だと思います。2人で一緒に、恋愛というものを経験してみましょう。はじめは、友人のつもりで接してください。徐々に仲を深めていきましょう)

 長谷川先輩には、気の弱い一面があるようにみえる。それは、気配りができることの裏返しだと思う。後輩である私に対しても丁寧に接してくれることが、長谷川先輩に魅かれる要因のひとつでもある。先輩は、恋愛をすることに自信がないだけなのだ。もうひと押しすればいける。そう思ってアタックをかけた。
 先輩といろんなことがしたい。一緒にカラオケやショッピングに行きたい。遊園地に行ったらどんなに楽しいだろう。いや、先輩は遊園地に興味がないかもしれない。きわめて自分勝手な妄想が、頭の中を駆け巡る。

(分かりました。古葉さんの彼氏として振舞える自信はないですが、友人として付き合いましょう。幼いころから友人と呼べる人が少なかったので、僕の友人になってくれてありがとうございます)

 やったー……
 タクトからの返信を読んで、全身が喜びで満たされる。友人としての付き合いではあるが、委員会の先輩後輩という関係を脱することができたのは大きい。いずれは恋愛関係になれるだろうと、サユリは信じていた。

(こちらこそ、ありがとうございます。友人になった証に、今度どこかに遊びに行きましょう。先輩の行きたい場所があったら、ぜひ教えてください)

 


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 古葉さんとは価値観が違いすぎるのではないか、とタクトは感じていた。友人になるといっても、お互いのベクトルが離れすぎていては心から楽しめないのだろう。そもそも、古葉さんはなぜ俺なんかと付き合いたいと思ったのか。しばらく考えてみても、一向に答えが出なかった。
 友人になることを承諾してしまったのだから、とりあえず返信を送らなくてはいけない。行きたい場所を教えてくれといわれても、まさか競馬場というわけにはいかない。そもそも、一般的な女学生はどんな場所で遊んでいるのだろうか。自分の行動範囲の中から、古葉さんを誘っても差し支えなさそうな場所を選んで、LINEの返信を送る。

(再来週の日曜日にクイズ大会があるんですが、一緒に出場してみますか?場所はM市で、時間は11時開始です。興味があったら返信ください)

 古葉さんは、文化祭の早押しクイズでも楽しそうにしていたので、クイズ大会なら出場してみる気になるかもしれない。
 今度のクイズ大会は千葉県にゆかりのある学生向けの大会で、40人ほどの参加者が集まる見込みだ。社会人が参加する大会は問題のレベルが高すぎるため、タクトでもほとんど答えられない。なので、最近は学生向けの大会を中心に出場している。今度の大会は、学生向けの大会であるということにくわえ、千葉県にゆかりのある学生という条件付きなので、上位に進出するチャンスがある。

 タクトが駅の改札を出ると、すでに古葉さんは到着していた。「おはよう」と挨拶を交わし、早速大会の会場に向かう。
 サユリはタクトからのメッセージを読むと、すぐに参加したいという旨の返信を送った。文化祭の早押しクイズを思い出してワクワクした。いや、正確にはタクトと会えることが楽しみで仕方がなかったのだ。
 会場の入り口で受付を済ませると、ホールの中に入る。席は指定されていないので、2人は後ろの方の席に並んで座る。開始まで時間があるので、受付で配付された企画書を読んでいると、「シングルチャンス形式って何ですか?」と隣に座っている古葉さんが尋ねてきた。
「シングルチャンスというのは、早押しクイズで最初に押した人が間違えた時、他の人には解答権が移らないという形式だよ。ただ、間違えたら減点されるから、むやみに押していいというものではないよ」
 そうか。普段クイズをやらない人には、ルールが分かりづらいんだ。そんなことに今更ながら気づいた。そういえば、俺もクイズ大会に出始めたばかりの頃は慣れないことが多かったな、と昔の自分を懐かしむ。
 開会を宣言するアナウンスが場内に響き渡る。


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細川たかし
 北酒場レコード大賞を受賞、と聞いたら細川たかししかない。タクトは自信をもって答える。
 ピンポンピンポン……
 趣味で演歌を聞いているタクトにとって、これはサービス問題だった。
「P大学の長谷川さんが、このラウンド最初の問題を正解しました」
 やっぱり長谷川先輩はすごいな、とサユリは改めて思った。
 その後もタクトは正解を重ねていき、このステージを突破した。
「勝ち抜けるなんてすごいですね!」
 サユリは、戻ってきたタクトに話しかける。
「いや、たまたま得意な分野の問題が続いただけだよ」
 謙遜したわけではなく、本心からでた言葉である。演歌と競馬の問題が出てなかったら勝ち抜けられなかっただろう。こういうとき、自分は何かを持っているんだと実感する。

「お昼ご飯これだけで足りるんですか?」
 タクトが買ったチー鱈を見て、サユリが尋ねる。2人は昼休憩の時間に、近くのコンビニまで昼食を買いに来ていた。
「大丈夫。大会の時は、食べ過ぎないようにしているんだよ。食べ過ぎると眠くなってしまうからね」 
 最近のタクトは、昼ごはんをあまり食べなくなった。お昼を抜くことも珍しくない。その分、夜にたくさん食べるようになっていた。サユリの方は、サンドイッチや菓子パンなどを買っていた。
 会場に戻ると、スマートフォンで競馬中継を聴きながらチー鱈をかじる。午後からのクイズに向けて、集中力を高めているのだ。一方、午前中で敗退してしまったサユリは、楽しそうにサンドイッチをかじっている。まるでピクニックに来たかのようなはしゃぎぶりである。
「キャミソール」……ピンポンピンポン
 この瞬間の興奮がよみがえる。サユリが今日答えられた問題はこの一問だけであったが、大満足の結果だった。先輩はキャミソールなんて聞いたことがないよ、と言っていた。まあ、ノースリーブを知らなかったのだから、キャミソールを知らなくてもおかしくはない。ここからは、得意分野の偏った先輩を応援することに専念しよう。
 タクトにとっての本当の勝負はこれからだ。


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 今から行われるラウンドは、ここまで勝ち残った24人を6人ずつ、4グループに分けて行われる。各グループの上位2人が勝ち抜けとなり、次のラウンドに進むことができる。また、このラウンドでは正解した際にさいころを振ることができ、出目を当てることができれば3倍のポイントが獲得できる。ここまで残ったプレイヤーは強豪ばかりで、普通に戦っても勝ち目はないため、運の要素が含まれたルールはプラスにはたらくと、タクトは思った。
「これまでに西ドイツの都市で開催されたオリンピックといえば、ミュンヘン、ベルリン、あとひとつはどこでしょう?」
 タクトは迷わずボタンを押す。
 ほかの人たちは、答えが分かっていないようだ。ミュンヘン、ベルリンと聞いて夏季オリンピックを連想したであろう。しかし、それでは正解にたどり着かない。冬季オリンピックは盲点となりやすいのだが、カーリングやスピードスケートに興味があるタクトにとって、ここにたどり着くことは容易であった。
「ガルミッシュパリテンキュルヘン」
 まるで早口言葉のような地名だ。タクトは、我ながら流ちょうに答えられたものだと感心する。
 ……ピンポンピンポン
 先輩はこんなことも知っているのか、とサユリは衝撃を受ける。
さいころの数字を予想してください」
 司会の人から聞かれる。一瞬迷ったのち、3にします、と答える。
 問読みの人がさいころを転がす。出た目はまさしく3であった。一気に3ポイントを獲得する。その後、さいころの目こそ当たらなかったものの、着実に正解を重ねていき、グループ2位で勝ち抜けた。
「準決勝ステージまで進むなんてすごいです!」
 サユリは、戻ってきたタクトに声をかけた。
さいころの目も味方したよ」
 興奮を隠せない様子でまくしたてる。
 準決勝では、これまでよりもはるかに難易度が高い問題が出題された。タクトはほとんど答えることができなかった。
 席に戻ると、古葉さんが「素晴らしいです、ベストエイト」と声をかけてくれた。「まったく歯が立たなかったよ」と答える。
決勝が終了したので、帰り支度をしていると「夜ごはん、一緒に食べませんか?」と古葉さんが誘ってきた。これまでの遠慮した様子はみじんも感じられなかった。
「何が食べたい?」
「パスタが食べたいです」
 2人はチェーンのパスタ屋に入った。


               20


 ペペロンチーノには「絶望のパスタ」という意味があるんだよ。まともに材料を用意していない状態でも、ニンニクとオリーブオイル、唐辛子さえあれば作れることからこう呼ばれているんだ。
 運ばれてきたパスタを前に、タクトが雑学を披露する。
「先輩って物知りですよね。どうやってそういう雑学を勉強しているんですか?」
 サユリは、興味ありげな表情でタクトに尋ねる。
「普段からアンテナを張り巡らせておくことだよ」
 真顔で答えるタクトを見て、サユリは噴き出しそうになる。キャミソールも知らないくせに……サユリは笑いをこらえながら質問を続けた。
「じゃあ、流行りのアイドルとかは気にしないんですか?」
「うん。興味がないからね」
 ばっさりと切り捨てる。このセリフをアイドルのプロデューサーが聞いたら悲しむだろう。タクトは、時々厳しい意見をずけずけ言うことがある。こういう一面も、サユリの目には魅力的に映っているのかもしれない。
「じゃあ、私のような髪型のことを何て言うか分かりますか?」
 サユリは、からかうような口調でタクトに問いかける。
「その髪型に名前なんてあるのかい?」
 正解にたどり着きそうにないので、ポニーテールだと教えてあげた。
「ポニーテール……たしかに馬の尻尾のような形だね」
 競馬場に通い詰めているタクトは、競走馬の尻尾を飽きるほど見ていた。馬の尻尾のようだ、と真顔で言ったタクトがおかしくて、サユリは思わず笑い声をあげた。
「馬の尻尾みたいって、何言ってるんですか!」
「ごめん……古葉さんのことを馬みたいだと言ってるわけじゃないんだ。そういう髪型もありだと思うよ」
 サユリを怒らせてしまったと思ったタクトは、必死に弁解する。その様子が面白かったようで、サユリはけらけらと笑い声をあげている。
「そんな、謝らなくてもいいですよ。怒ってるわけじゃないですから。ポニーテールは有名な髪型なんです。というか、文化祭のクイズ大会で私が答えたの覚えてないんですか?」
「覚えてないよ。髪型なんてみじんも興味がないから」
「いや、興味なくても普通は知ってると思いますよ」
「それは、古葉さんがファッションとかに詳しいからだよ」

 S駅のホームでは多くのサラリーマンが電車を待っていた。タクトとサユリは反対方向の電車に乗るため、ここで分かれることになる。まもなく、タクトの乗る電車がやってきた。
「また、何かあったら誘ってください」
 電車が駅のホームに到着する直前、サユリが言う。
「今度は古葉さんの方から誘ってよ。僕の行きたいところばかりじゃ申し訳ないから」
 タクトの何気ない言葉に、サユリは驚きの表情を浮かべる。
 私が長谷川先輩を誘う……考えただけでも胸が震えてきた。
「じゃあ、また今度」
 タクトが、到着した電車に乗り込む。
「今日はありがとうございました」
 閉まる寸前の電車に向かって、軽くお辞儀をした。

終われない青春 前編

             1

 

「4番差せっ!」
 全霊を込めた熱い応援が、5秒後にはため息に変わる。
 3日分のバイト代が一瞬で紙くずとなった。
 タクトは今、千葉県のとある競馬場に来ている。バイトが休みの日には、朝から夕方まで競馬場に入り浸る。時間の経過とともに、外れ馬券が増えていく。ただ、たまに大きいのが当たるから厄介なのだ。買った馬券が絶対に外れるのなら、競馬なんてとっくにやめている。
 現在大学2年のタクトは、友人に誘われたのがきっかけで競馬にのめり込むようになった。競馬が開催される週末には、必ずと言っていいほど競馬場に足を運ぶ。予定が入って競馬場に行けないときでも、空いた時間を見つけては場外発売所に赴き、馬券を購入する。そんな悪習慣がすっかり身に染みてしまった
 パドックで馬の状態を観察していると、ポケットの中でスマートフォンが鳴った。画面には、バイト先の学習塾の名前が表示されている。
「はい、長谷川です。お疲れ様です」
「おう、お疲れ様。このあと、時間空いてる?」
「はい、今日は空いてますよ」
「実はね、古田さんに急用ができて来られなくなっちゃってね。ピンチヒッターとして3時間目から来てほしいんだけど、いいかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
「ありがとう。いつも助かるよ」
 電話を切ると、左腕にはめている腕時計に目をやる。12時27分。3時間目は16時10分から始まるので、14時までにここを出れば間に合う。塾で欠員が出たら、できるだけピンチヒッターとして駆けつけることにしている。そのおかげで、塾長や同僚から信頼を得ることができている。塾の時給は、コンビニや居酒屋に比べて高い。そのおかげで、ギャンブルに多額のお金を吸い取られても何とか生活が成り立っている。しかし、破滅するのも時間の問題だろう。すでに、競馬がライフサイクルの中心となっている。また、刺激を求め、賭ける金額も次第に大きくなっている。このままでは、給料が増えてもそれに比例して失う金額が増えるだけである。この状況に危機感を抱いてはいるが、すでに自分ではギャンブルに対する衝動を抑えることが出来なくなってしまっている。


               2


「2年C組の古葉サユリです。よろしくお願いします」
「3年F組の長谷川タクトです。一緒に会計委員会の仕事を頑張りましょう」
 古葉さんは、自ら副委員長に立候補してきた。委員会の役職には付きたくない人が多いので、やる気のある人だなと思った。ちなみに、タクトは昨年自分から副委員長に立候補した。会計委員会では、2年生の時に副委員長になった者が3年生になったら委員長を務めるという伝統がある。タクトは、リーダーになれるチャンスは滅多にないと思い、立候補したのであった。
 昔から人前で話すのが苦手だったタクトとは違い、古葉さんは委員会の集まりでも堂々と話していた。また、パソコンの操作にも慣れており、機械オンチなタクトは何度も古葉さんに助けられていた。
 あるとき、放課後のコンピュータ室で仕事をしているときのことだった。生徒総会が近づいており、タクトは最終下校時刻ぎりぎりまでパソコンにデータを入力していた。
「古葉さん、申し訳ないんだけど、このデータをエクセルでグラフにしてくれませんか」
 エクセルの操作が分からなかったタクトは、隣で書類のチェックを行っていた古葉さんに助けを求めた。
「いいですよ。これをグラフにまとめればいいんですね」
 ものの5分でグラフは出来上がり、生徒総会で配付する資料は完成した。
「いつもごめん。大変な仕事を古葉さんに任せてしまって」
「いえいえ、簡単な作業ですから。誰にでも苦手なことはあります。それを含めて、長谷川先輩ですよ」
「ありがとう。いつも本当に助かってるよ。コンピュータ室のカギは僕が職員室まで返しにいくよ」
 面倒な仕事を引き受けてくれたので、カギくらいは自分で返しに行こうと思った。
「私も一緒に行きましょうか」
「大丈夫だよ。仕事頑張ってくれたから先に帰りな」
 サユリは少し残念そうな表情を浮かべるが、タクトは気づかない。
「ありがとうございます。お先に失礼します」
「さようなら。気をつけて」
 古葉さんに挨拶を済ませると、職員室にカギを返しに行った。


                3

「長谷川先輩、今までありがとうございました。大学に行っても頑張ってください」
 今年度最後、つまりタクトが委員長として出席する最後の委員会が終わり、委員がみな去った後、サユリはタクトにお礼の言葉を言った。
「古葉さんこそ頼りない僕についてきてくれてありがとう。これからは、会計委員会の委員長として頑張ってね」
「いや、先輩と委員会の仕事をしてきた1年間、本当に楽しかったですよ」
 サユリは、タクトに対して密かに好意を抱いていた。これまでも、委員会の仕事で一緒にいるときに何度かシグナルを出してきた。しかし、鈍感なタクトは全く気づかなかった。
 委員会の連絡をするためにLINEを交換していたので、タクトの卒業後もサユリは委員会の仕事を教えてもらうという名目で、何度かタクトに連絡を取ったりもした。あるときは、それとなく恋心をにおわした文章を送ってみたこともある。しかし、タクトからの返信は期待外れなものばかりだった。
 大学生になり、忙しくなったタクトは、サユリのことなど忘れていた。大学生として初めての夏休みに入り、忙しさが一段落すると、ふと高校の後輩のことを思い出した。タクトは高校時代、数学研究会の会長を務めていた。全学年合わせて10人にも満たない小規模な研究会であったため、学年の垣根を超えてメンバー同士の仲が良かった。タクトには、1学年下の後輩が3人いる。勝負の夏を迎え受験勉強に勤しんでいる後輩たちに向けて、LINEで激励のメッセージを送ることを思いついた。3人の後輩に向けてメッセージを送信し、ふとトーク履歴に目をやると、古葉さんのアカウントが目に入った。そういえば、古葉さんも3年生だなと思い、かつての副委員長にもメッセージを送ることにした。とはいっても、数学研究会の後輩たちとは違い委員会のことでしか話したことがなかったので、文面に困った。結局、学校通信に出てくるような当りさわりのない文章を送った。

(長谷川先輩、ありがとうございます。先輩のメッセージに、とても励まされました。受験頑張ります)
 
 送信してから5分もたたないうちに、古葉さんから返信が送られてきた。LINEを送ったことで、逆に気を遣わせてしまったのかなと思った。心の中で、「古葉さん頑張れ」とつぶやいた。

 

                4

 スマートフォンの通知を見て驚いた。長谷川先輩からLINEのメッセージが届いていたのだ。胸の鼓動が高鳴る中、すぐにスマートフォンのロックを解除して、LINEを開く。内容は、受験勉強に対する応援メッセージだった。長谷川先輩は私のことを気にしていてくれたんだ。そう思うと、たまらなくポカポカとした感情が湧きあがってきた。文面を最後まで読み終えると、あわてて返信文を作成し送信する。送信ボタンを押してから、ありきたりな文章になってしまったことに気づいた。せっかく先輩からメッセージが届いたのだから、もっと気の利いた返事を送ればよかったのにと後悔した。
 書道部を引退してからの半年間、毎日のように夜遅くまで勉強を頑張った結果、サユリは都内の有名私立大学に合格することができた。両親や仲の良い同級生、担任の先生への報告をひと通り終え、骨身を削った受験勉強への労を自らねぎらった。
 入学に関する手続きが一段落すると、合格したことを長谷川先輩へどのように報告すべきか考えた。もしかしたら、先輩と連絡をとる最後のチャンスかもしれない。慎重に文面を検討したが、結局第一志望の大学に合格したことを報告するだけのシンプルな内容になってしまった。
 翌朝、サユリがスマートフォンの電源を入れると、先輩からの返信が来ていた。

(合格おめでとう。ここからが本当のスタート地点です。いろんなことにチャレンジして、後悔のないように学生生活を楽しんでください)

 後悔のないようにという部分に目がとまった。すでに会計委員会の委員長を引退しているので、委員会の仕事について尋ねることはできない。このまま時間が経てば、長谷川先輩と連絡を取る口実がなくなってしまうのだ。むろん、適当な口実を付けてLINEのやり取りをすることはできるが、不自然な印象を与えてしまうだろう。もしかしたらブロックされてしまうかもしれない。チャンスは今しかない。5分ほど考えた末、文章を作成する。
 
(今度、どこかの喫茶店で会いませんか?思い出話に花を咲かせたいです。場所は、長谷川先輩の都合が良い場所でいいですよ)
 
 文面を打ち終えたところで少し迷いが生じた。委員会の仕事でしかつながりのなかった先輩を、あからさまに誘っていいのだろうか。しかし、このまま何もしなければ後悔をするだけだ。数秒ためらった後、意を決して送信ボタンを押した。

 

                 5

 古葉さんすごいな。それがタクトの率直な感想だった。古葉さんが合格したZ大学といえば誰もが知る一流大学であり、卒業生の多くは官僚や弁護士、大企業への就職といった道に進む。その中でも、最難関といわれる法学部に合格したのだから、そうとう受験勉強を頑張ったのだろう。とりあえず、月並みな祝福メッセージを送る。
 
 タクトも勉強は得意な方だった。模試を受けても、偏差値60を下回ったことはない。担任や進路指導の先生からも、難関大学を狙えると言われ続けた。しかし、偏差値ばかりを求めて勉強することに嫌気が差し、家の近くにあるP大学を第一志望に据えた。P大学とは、入試で名前さえ書けば合格になるような、いわゆる底辺大学である。進路面談では親や担任に猛反対されたが、会計を学ぶのに大学のブランドは関係ないと押し切った。将来は会計士になるんだと意気込み、周りが受験勉強している中、簿記の勉強に勤しんだ。
 P大学の試験問題は、簡単すぎて退屈なものだった。タクトが1年生の時に受験していても、7割程度正解できただろう。合格発表のとき、自分の受験番号を見つけても大して喜ばなかった。むしろ、ここからが本当の勝負だと思っていたのである。
 特待生としてP大学に入学したタクトは、着実に勉強を重ね、日商簿記の2級を取得した。大学の授業でも、他の人とは違った考え方を発言し、同級生や教授からも一目置かれる存在になった。しかし、順風満帆な学生生活は長く続かなかった。底辺大学であるため、志の低い学生が大半を占める。そのような学生たちに引っ張られ、勉学への意欲がそがれてしまい、秋学期には授業もさぼりがちになっていた。ただ、授業のレベルが低かったので、進級に必要な単位は難なく取ることができた。
 
 古葉さんにメッセージを送ったあと、スマートフォンのゲームに興じていると、LINEの通知が届いた。内容を確認すると、どこかで会いたいと書いてある。思い出話といっても、古葉さんとは委員会活動をしたくらいしか話せることがない。かといって、大学生活に向けてのアドバイスなどできるはずがない。底辺大学に進み、自堕落な生活を送っている人物の言葉に1ミリの価値もないだろう。直接会ったところで、いったい何を話せばいいのだろうか。いろいろと考えたうえで、古葉さんへ返事を送る。


                6


(お誘いありがとうございます。あさっての午後2時に、K駅待ち合わせということで大よろしいでしょうか?)

 サユリは、スマートフォンの画面を見て舞い上がった。すぐに返信を送る。

(もちろんです。わざわざ時間を割いていただき、ありがとうございます。)

 先輩とのやりとりがLINEを介したもので良かったと思う。もし電話だったら、嬉しすぎてまともな会話にならなかっただろう。何を話そうか、何を着ていこうか。今から、あさってのことで頭がいっぱいだった。委員会の仕事を丁寧に教えてくれたこと、細かなことに気を配ってくれたこと、ひとつひとつの場面が頭の中によみがえる。

 高2のとき、書道部だったサユリは文化祭に向けて、篆書と呼ばれる歴史ある書体を用いた作品を書き上げた。ダイナミックで味のあるサユリの自信作は、3年生の部長にも認められ、人目につきやすい入り口付近に展示された。
 文化祭の当日、サユリは書道室で受付をしていた。焼きそばの屋台やお化け屋敷に客を奪われたせいか、書道室にはほとんど人が来なかった。スマートフォンを見て暇つぶしをしていると、来客がやってくる気配がしたので、あわててスマートフォンをポケットにしまう。久々にやってきた客の顔を見て、サユリの胸が一気に高鳴った。来客の正体は長谷川先輩だった。
「あっ、長谷川先輩!」
 驚きから声がかすれてしまった。
「暇だったから見に来ました。古葉さんの作品はどれですか?」
「あっ、その作品です」
 あわてて自分の作品がかかっている壁を指さす。
「あっ、これか。書道に詳しくない僕が言うのも失礼かもしれないけど、繊細で趣のある作品だね。これを完成させるの大変だったでしょ」
「いえ、全然失礼なんかじゃないです。ほめていただき、ありがとうございます」
 胸の鼓動がさらに速くなる。
「40枚くらい練習しました。字の特徴をつかむのに苦労したんですけど、書いていくうちにコツを掴めました」
「すごいね!40枚も練習するなんて。僕なんて、書き初めの課題が出ても1枚しか書かないで提出するのに」
 タクトは笑いながら言う。
「まあ、普通はそうですよね。書道部の先輩にはもっと練習する人もいるんですよ」
 長谷川先輩と委員会以外の話をしたことで、サユリは完全に舞い上がっていた。
「へえ、書道部には真面目な人が多いんだね。それじゃ、失礼するよ」
 そう言うと、タクトは書道室から出ていった。
 わずか5分足らずの出来事だったが、サユリにとっては永遠のように長く感じた。

 考えてみれば、長谷川先輩と委員会以外の話をしたのは文化祭のときくらいだ。先輩と会ったところで、果たしてまともに会話が続くだろうか。いや、思い出話で時間がもつはずがない。ならば、いっそのこと告白してしまおう。サユリは、一気に決意を固めてしまうと、告白するシチュエーションについて考えを巡らした。


                7


 13時40分、すでにサユリは待ち合わせの場所であるK駅に到着していた。服装は、前日から悩んだ末、薄いピンク色のワンピースに決めた。気持ちがはやっているのが自分でもわかった。時間の進みはこんなに遅かっただろうかと思うほど、待ち合わせまでの十数分がとても長く感じる。
 13時55分、改札を出ようとする長谷川先輩の姿を見つけた。緊張感が一気に高まる。
「長谷川先輩!お久しぶりです」
「あっ、お久しぶりです。すみません、一瞬古葉さんだって気づけなかったです」
 本来なら先輩なのだが、タクトはなぜか敬語になる。タクトは、後輩に対しても、打ち解けるまでは敬語を使ってしまうクセがあるのだ。
「えっ、本当ですか!この1年の間に、そんなに変わりましたかぁ」
「あっ、ごめん。そのぉ、高校のときは制服姿しか見たことがなかったので……。本当にすみません」
「古葉さんって、こんなに可愛かったっけ」
 タクトは内心を悟られないように取り繕おうとするが、しどろもどろになってしまう。
「いや、そういうつもりで言ったわけではないです。先輩の方は変わってなかったので、すぐに分かりましたよ」

「ここらへん、ほとんど来たことがないんだけど、喫茶店とかあるかな」
 タクトは周りを見渡しながら言う。
「喫茶店なら、ファンマルクとかベローキがありますよ」
 サユリはチェーンの喫茶店を候補として挙げる。
「じゃあ、ベローキがいいかな」
 喫茶店のことなどよく分からなかったので、言葉の響きで選んだ。
「それなら、こちらです」
 サユリは、タクトを案内しながら歩く。
「なんか人が多いね。イベントでもやってるのかな」
「K駅はいつもこんな感じですよ」
 そうこうしているうちに、ベローキに到着する。土曜日ということもあり、店内は8割近く埋まっていた。窓際の2人掛けの席に座り、メニューを見る。
「古葉さんは何にする」
 タクトはメニューを見ながら言う。
「えっ、えっと、カフェラテにします」
 サユリはあわてて「冷たいの」と付け足した。
 タクトは、自分のアイスコーヒーと一緒にアイスカフェラテを注文する。
 注文を取ったウェイトレスの女性が立ち去ると、サユリはどう話し始めたらいいか迷っていた。


                8


「あのぉ、大学生活って楽しいですか?」
 サユリは、緊張から背筋がピンと伸びている。
「うん。高いレベルの知識が得られるから楽しいよ」
 タクトは、無理をしているのが自分でも分かっていた。水は低きに流れる。授業や周りの学生のレベルが低すぎて、自堕落な生活に片足を突っ込んでいる状態だ。ただ、後輩の手前現状をそのまま話したくはなかった。
「そうなんですか。すごい真面目に勉強しているんですね」
「いや、そんなことはないよ。遊びにも行くし」
 古葉さんに対して、どういうスタンスで話せばいいのか分からない。
 お互い、探り合うような会話が続く。微妙な空気が2人の間に流れる。
 会話が途切れたタイミングで、店員が飲み物を運んでくる。それをきっかけに、会話が進み始めた。会計委員会の思い出や、変わり者の古典教師の話などで盛り上がる。タクトは、ずっと気になっていたことを切りだした。
「あのぉ、その服小学生の頃から着てたんですか?」
「えっ、どうしてですか。去年買ったものですけど……」
 サユリは、思いもよらない質問に戸惑う。
「いや、右腕の袖が破れていたから……ご、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃったかな。お金がなくて、服とか買えないのかなと思って……」
 一拍おいて、サユリが笑い声をあげる。賢そうな先輩と、的外れな言葉とのギャップに可笑しさがこみあげてきた。
「先輩、こういうデザインなんですよ!まさか、お金がなくて昔の服を着てたと思ったんですか。フフッ、私はそんなに貧乏じゃないですよ」
 ツボに入ったのか、笑いが止まらない。
「本当にごめん。そういうデザインってことを知らなくて、心配になっちゃって。そういう服だったんだ、安心したよ」
 タクトは、申し訳ないことを言ってしまったなと反省する。
「いいんですよ。先輩面白いですね」
 この会話がきっかけで、話が弾んでいった。何でも知っていそうな知的なイメージのタクトが、現代の流行についてほとんど知らないことは、サユリにとって意外だった。そう言った部分を見つけようとして、他愛もない会話を重ねた。流行りのアイドルや俳優、SNSのことなど、ほとんど知らなかった。頼りがいのある先輩にもこういった一面があることを知り、サユリはますますタクトの魅力に惹かれていった。


              9


「そういえば、先輩が参加された経済甲子園の全国大会、結果はどうだったんですか?」
 経済甲子園とは、経済の知識を競うクイズ大会である。タクトが高3の時、数学研究会の浅井という後輩を誘って出場した。タクトたちのチームは、県大会で並みいる強豪を抑えて優勝し、全国大会へコマを進めた。タクトたちは全校集会で表彰され、ちょっとした話題となった。
「44チーム中9位だった。全国大会のレベルは高くてさ、クイズ大会常連のS高校やH学院には全く歯が立たなかったよ」
 この話をするとき、ついつい自慢気な口調になってしまう。自分の力で全国大会に出場したという自負があったからだ。2人が通っていた高校は、地元では進学校として知られていたが、全国的には無名である。そんな高校が、全国有数の名門校と同じ土俵で戦ったことに優越感を感じていた。
「でもすごいですよ!全国9位は立派な成績ですって」
 サユリは目を輝かす。正式なクイズ研究会がない中で、独自に勉強して全国大会に出場した先輩のすごさを再確認した。
「一緒に出場した数学研究会の方も、経済に詳しいんですか?」
「いや、浅井君は理系だから経済には詳しくないよ。3年生は受験で忙しくて出てくれそうになかったから、後輩を誘ったんだよ。まあ、浅井君が大会にエントリーしてくれたり、大会会場までの電車を調べてくれたりしたから、安心してクイズに集中できたんだけどね。」
 私のことを誘ってくれればよかったのに、とサユリは思った。電車の乗り換えを調べることぐらい、私にでもできる。一緒に出場できていたら、どんなに楽しかっただろうか。大会に出場するメンバーを探していることを私に話してくれれば、そう思うと残念で仕方なかった。
 机の上のボタンを押して店員を呼び、飲み物のおかわりを注文する。何か食べ物を頼んだらというタクトの提案に乗っかり、サユリはモンブランを注文した。
 他愛もない話に花を咲かせていると、いつの間にか16時を過ぎていた。盛り上がっているときの時間は早く進む。サユリは、先輩からどのタイミングで話を切りだそうかと迷っていた。先輩との空間は、良い雰囲気で満たされている。しかし、告白することで、せっかくの空気をぶち壊しにしてしまうのではないかと心配していた。
「もう、こんな時間か。そろそろ帰ろうか」
 タクトは腕時計をちらりと見ていう。会う前は何を話していいか不安だったが、意外と盛り上がったなと思った。
「そうですね。今日はわざわざ時間を取っていただきありがとうございました」
 先輩との楽しい時間を満喫した。思いがけず、先輩の意外な一面を知ることもできた。しかし、最大の目的は果たせなかった。消化しきれない思いを胸に、サユリは帰りの電車に乗った。


                   10


サユリと喫茶店で会ってから1週間後、タクトは自宅で競馬新聞をにらんでいた。明日は高松宮記念という大きなレースがあるため、その予想に頭を悩ませている。最近は、ギャンブルに大きな金額を賭けるようになったため、バイト代の4分の3ほどが競馬や競輪に消えていく。このままではまずいことを頭では理解している。しかし、一度身についた習慣は簡単には直せない。もう戻れない泥沼まではまってしまったのだ。
 昼下がりの競馬場。タクトは競馬新聞を確認しながら、マークシートを塗りつぶす。5000円札が自動発券機に吸い込まれ、代わりに名刺くらいの大きさの紙が吐き出される。
 十数頭の馬が、カーブを曲がって最後の直線に入ってくる。
「山本、頑張れ!」
「池谷、差してこい!」
「6番、何やってるんだよ!」
 場内は、歓声と怒号に包まれる。サラブレッドたちのゴールと共に、タクトの馬券は紙切れとなり下がった。1着馬と2着馬は当たったのだが、3着馬が外れた。まったく人気のない馬が食い込んできたのだ。
……惜しかった。あの馬を3着に入れとけば、3か月分のバイト代が儲かったのに。
 これだから競馬はやめられない。次こそは大きいのが当たると思って、一年近く競馬場に通い続けてきたのだ。高校の時、経済甲子園に向けてお金の勉強をしたことで金融リテラシーはあるため、借金を抱えたりはしていない。むしろ、地道に貯金を続けており、それなりの額が貯まっている。だが、ギャンブルで失った時間は大きい。もうすぐ2年生になるが、これからも貴重な時間を失いつづけるのだろうか。考えただけで気分が重くなるが、それでもギャンブルをやめるという選択肢にはたどり着かない。一度、ギャンブルをやめようかとチャレンジしたことがあったが、週末が近づくとどうしても競馬のことを考えてしまい、土曜日には競馬場に足を運んでいた。日本にはギャンブルが溢れている。競馬や競輪、パチスロ、宝くじ。種類は違えどお金と時間をむしり取られることに関して大差はない。
 一度踏み外した道を元に戻るのは簡単ではないのだ。

【大胆予想】次の元号はこれだ!!

 平成も残すとこあと二か月。改元が5月1日で、新元号の発表が改元一か月前の4月1日ということに賛否両論ありますが、SE業界からは怒りの声があがっています。政府は一か月でシステムの改修ができると考えているのでしょうが、現実はそうではありません。設計から実装、テスト段階まで一か月で行うことはほぼ不可能だと思います。

 システムに関わっている方々は戦々恐々としているかもしれませんが、一般の皆さんが気になっているのは、新元号は何かという点だと思います。そこで、大胆にも新元号を予想してみました。まず新元号の頭文字は、あ行、か行、な行、や行、ら行、わ行のどれかになる可能性が高いです。なぜなら、役所の種類などで生年月日を確かめる時、昭和生まれならS、平成生まれならHを選びます。もし新元号を「さ行」や「は行」にしてしまうと、SやHの頭文字が昭和や平成とかぶってしまい、不都合が生じます。そのため頭文字がM、T、S、Hとなる元号になることはないでしょう。私の予想する元号は、「恒寧」「慶安」「慶嶺」の3つです。元号に詳しいわけではありませんし、予想の根拠は全くありません。何となく元号に使われそうな漢字を組み合わせてみただけです。私が予想した「慶安」という元号についてですが、調べてみると驚くべき事実が判明しました。何と江戸時代初期に実際に使われていた元号なのです。適当に考えた元号が実際に使われていたとは、何という偶然でしょうか。まあ以前に使われていたということは、次の元号にはならないわけですが……。残りの二つについても調べたところ、これらは過去に元号として使われたことがないみたいなので、有効な予想としては「恒寧」「慶嶺」の二つを挙げます。まあ、当たったとしても特に何があるわけではありませんが……。

 皆さん、次の元号は何だと思いますか。友人と予想しあうのも一興です。

 

ついに初段!

 先日の流山オープンB級で3度目の優勝を果たし、晴れて初段になりました。初めてオセロの大会に出場したのが、2年前の3月に行われた流山オープンB級。初段になるまで2年弱、やや時間がかかってしまったかもしれません。これまでの2年間で、初段になったライバルや急成長する小中学生を数多く見てきました。思えば1級の権利を取得したのも流山オープンB級で、この大会にはなにかと縁があるようです。初段になったため流山オープンB級に出場することはできませんが、流山は家の近くなので時間があれば見学に行きたいと思います。

 オセロプレーヤーの中には、初段になると大会に出場しなくなる人もいます。級位者限定大会の出場資格がなくなり、オープン大会に出場しても相手が強すぎて勝てなくなるからです。初段までの壁は高いものですが、二段になるためにはさらなる高い壁を越えていく必要があります。厳しい戦いが予想されますが、オープン大会に出場して強い相手と戦い、さらに強くなっていきたいと思います。1年以内に二段になることを目指して頑張ります。

仮想通貨というギャンブル

昨年の秋ごろ、ある仮想通貨に3万円投資してみました。ある人からこの仮想通貨についての話を聞いて、ギャンブルのつもりで最低購入額の3万円だけ購入したのです。この通貨を購入するためには海外のサイトに口座開設しなくてはいけないようで、手続きに苦労しました。この仮想通貨は当初2019年5月に上場する予定と公表していましたが、1月に確認した情報によると、上場時期が3月に早まったらしいです。この仮想通貨について調べてみると、上場して確実に利益が上がるという意見と詐欺であるという意見が真っ二つに割れています。儲かる派の意見は、根拠として宝くじ事業との提携やオンラインカジノへの参入などを挙げています。一方詐欺派の意見は、ホワイトペーパーが公開されていないことや取引に用いられる海外の送金サイトが信用できないことなどを挙げています。3万円使った私からすると、儲かる派の意見が本当であってほしいですが、詐欺かそうでないかは今のところ五分五分だと思います。いずれにしろ、上場を宣言している3月某日が来れば本当か嘘かが分かることなので、その日を楽しみにしています。仮想通貨の名前は、今の段階では明かしません。真相が分かったら、このブログで仮想通貨の名前とともに報告するつもりです。