Fランク大学生のブログ

Fランク学生が真面目なブログを書いてみました。コメントを頂けると、思いもよらぬ反応が返ってくるかも!

「終われない青春」 25

「この前はごめんなさい」

 タクトは、待ち合わせ場所にやってきたサユリにむかって、深々と頭を下げる。

「そんなに気にしないでください。別に怒ってないですから」

 サユリは笑顔を浮かべて、怒っていないことをアピールする。

「ありがとう。ところで、古葉さんはお昼ご飯食べた?」

「まだ食べてないです」

 14時待ち合わせだったので、何か食べてこようかと思ったが、先輩とランチする展開も期待して食べないでおいた。

「じゃあさ、どこかでご飯食べようよ。実は、僕もお昼ご飯を食べてないんだ」

 2人は、イタリアン料理のお店で遅めの昼食をとることにした。

 店内のオシャレな内装が、2人の間に流れる緊張感を増長させる。

ボンゴレビアンコを2つ」

 タクトには、ボンゴレビアンコが何なのか見当もつかない。ただ、好き嫌いは少ないので、食べられないということはないだろう。そう思って、古葉さんと同じものを注文した。

「先輩、ボンゴレビアンコ知っているんですか?」

 ハイカラな料理に詳しくなさそうな先輩が、何も聞かずに注文したので、クイズにでも出てくるのかと思った。

「いや、実は知らないんだ。古葉さんが注文したから、不味いものではないだろうと思って」

 サユリの顔に笑みが浮かぶ。やっぱりだ。先輩は、何でもないことで見栄を張るきらいがある。サユリは、心の中でタクトの性格を分析する。

 10分後、ウェイトレスがワゴンに載せた料理を運んでくる。平べったい皿の上には、貝がのったパスタが盛られていた。これがボンゴレビアンコか。美味しそうではないけど食べられないほどではないだろう、というのがタクトの正直な感想だった。

 謎のパスタを口に入れてみる。薄くて何の味なのか分からない。やっぱりこういう店は向いてないな、とタクトは感じていた。美味しそうにボンゴレビアンコを食べている古葉さんを見て、この店に馴染んでいるなと思った。

「ここは僕が払うよ」

 財布を取り出そうとしたサユリを止めるように、タクトが言う。

「いや、大丈夫ですよ」

「前回のお詫びってことで、おごらせて」

 タクトは伝票をレジに持っていき、なかば強引に2人分支払った。

 店を出ると、ショッピングエリアを歩きまわった。サユリは雑貨やお土産物を楽しそうに見ていたが、タクトは心ここにあらずという様子だった。タクトは、腕時計を見て16時になったのを確認すると、大桟橋に行こうとサユリを誘った。

「終われない青春」 24

 ”神宮球場事件”から一週間たったある日、サユリはLINEのメッセージを見て驚いた。タクトからの通知だった。

 サユリはあの日以来、タクトにメッセージを送ることができなかった。この状況を好転させる自信がなかったからだ。

(先日は、本当にごめんなさい。あの日は無事に家に帰れましたか?帰れていれば幸いです。もし僕のことを許してくれるのなら、明後日の午後2時に、横浜の赤レンガ倉庫に来てください。許すつもりがなければ、僕のアカウントを削除してください)

 ”横浜の赤レンガ倉庫”という地名に、一瞬心が躍った。長谷川先輩には似合わなそうな場所だと思ったが、とりあえず閉塞的な局面が打開されたことだけは確かだった。サユリは急いで返信文を考える。もちろん、「許す」の選択肢は決まっている。問題は、明後日の成り行き次第で2人の関係性が大きく決定づけられてしまうことだ。プラスにもマイナスにも転ぶ可能性がある。こうなった以上、これまで築いてきたギリギリの均衡を崩していくしかないのだ。

(許すとか、そんな深刻なことだと考えないでください。私の方こそ、あの時は不躾なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。もちろん、横浜の赤レンガ倉庫に行きます。明後日先輩と会えるのを楽しみにしています)

 よかった……古葉さんは許してくれたんだ。タクトは、送信から2時間後に帰ってきたメッセージを読んで安堵する。あんなことをしてしまったのだから、返信がなくても仕方ない。そう考えていたので、返信があったことが嬉しかった。

 タクトは、いわゆる”デート”にふさわしい場所を必死で探した。一般的なアベックは、遊園地や水族館に行くらしい。インターネットの検索エンジンで「デートにおすすめの場所」と調べただけで、未知の情報がたくさん表示される。パソコンの液晶に表示された検索結果は、タクトにとって新鮮な情報の洪水だった。古葉さんも本当はこういう場所に行きたかったのかな……そんな考えが脳裏をよぎる。

 タクトは、ある決意を固めていた。 

「終われない青春」 23

 サユリは呆然としていた。突然の事態に直面し、どう行動すべきか分からなかった。駅はすぐ近くだし、最寄り駅までの電車の乗り継ぎも問題ない。しかし、先輩が戻ってくるかもしれないため、このまま待ってみることにした。

 恋人になりたいという言葉が先輩を追い詰めてしまったのだろうか。少し焦りすぎたのかもしれない。このまま2人の関係を終わらせてしまいたくはないが、今連絡するのは逆効果だと思い、LINEを送ることはしなかった。いや、できなかったといった方が正確かもしれない。

 30分くらい経ってもタクトが戻ってくることはなかった。十数名ほど残っていたヤクルトの応援団も引き上げたので、自分も帰宅することにした。最寄り駅までに2回ほど乗り換えたはずだが、どうやってここまでたどり着いたか覚えていない。家までの道すがら、タクトが去っていった場面が頭の中を繰り返し流れていた。そもそも、タクトが自分の人生を悲観的に捉えていたとは、思いもよらなかった。

 もっと時間をかけて慎重にアプローチすべきだったのかもしれない。そんな後悔がサユリを襲う。悲しい気持ちを、溜まった疲れと一緒に洗い流そうと思って、お風呂に入ることにした。湯船につかっていると、今までの楽しかった思い出と数時間前のフラれてしまった記憶が同時に押し寄せてくる。何度も顔を湯船にうずめてみるが、とめどなくあふれ出す涙を抑えることはできなかった。

 あれから数日間は、大学の授業も上の空だった。同じ学部の友人には「そういえば、最近長谷川先輩の話しなくなったね」と指摘された。これまでは、タクトのことを友人たちにも話していた。しかし、今タクトのことを話せるはずがない。

「まあ、いろいろあってね」

 沈んだ口調で答える。

「あっ、ごめん。触れちゃいけなかったかな」

 友人はサユリの様子に気づいたようであわてて取り繕う。

「サユリは、何でも自分の責任だと思いすぎなんじゃないかな。迷ったら私に話してみてよ。相談に乗ってあげるからさ」

 気遣いはありがたかったが、この状況を他人に相談する気にはなれなかった。

「終われない青春」 22

「あの……友人の次のステージにまで進んでくれませんか!」

 言ってしまうと、少し肩の荷が下りた気がした。

「友人の次のステージって何?」

 とぼけている様子ではない。それがタクトという人物なのだ。

「えっと……恋人になってください、という意味です」

 サユリの顔がほんのり赤く染まる。タクトは少し考えた様子で答える。

「ごめん。無理だよそれは……」

 タクトは悲しそうな顔を浮かべる。

「私には至らないところばかりですが、もっと先輩に楽しんでもらえるように努力します。なので、どうか……」

 そうじゃなくて……タクトはサユリの言葉を遮って話し始める。

「古葉さんは素晴らしい人だと思うよ。気遣いはできるし、話していて楽しいよ」

 いったん言葉を切り、ペットボトルのお茶に口をつける。

 正直に話さなければいけない、と覚悟を決めた。

「実は僕、ギャンブル依存症なんだよ。いまや暇があると競馬や競輪のことを考えていないと落ち着かない。毎月、給料の大半をギャンブルに使ってしまうんだ。だから、古葉さんには釣り合わないよ。古葉さんなら、もっといい人を見つけられるはずだよ」

 タクトの眼には悲しそうな光が浮かんでいた。古葉さんは素晴らしい人だ。できれば友人であり続けたい。しかし、恋人となると話は変わってくる。すさんだ生活に古葉さんを巻き込むわけにはいかなかった。

「ごめん。本当にごめん……」

 言い終わるのと同時に、小走りでその場を立ち去った。古葉さんの表情を見たくなかったし、何も言ってほしくなかった。

 パチンコ屋の騒音をもってしても、タクトの気持ちが洗い流されるくれることはなかった。過剰すぎるリーチの演出も、今日に限っては虚しいだけだった。大当たりを出したため、店外の換金所に立ち寄る。2時間足らずの間に4万円を稼いだというのに、気持ちは沈んだままだ。

 終電で家に帰ってきたため、夜中の1時を回っていたが、なかなか寝付けない。頭の中は神宮球場のあのシーンで止まっていた。あの場面での正解は何だったのだろうか?いや、すでに人生の歯車が狂っていたのだから、正解なんてあるはずがなかった。布団に入って眠りに落ちときには、すでに太陽が昇り始めていた。

「終われない青春」 21

 夕陽が今にも沈みかけようとしている神宮球場。外野席の観客はまばらだった。シーズン終盤、優勝争いから脱落したチーム同士のナイターとなれば、球場内は閑散としていて当然である。タクトとサユリは、ガラガラの外野自由席に座って、気の抜けた消化試合を観戦していた。

 先週、サユリから「野球の試合に連れて行ってください」というメッセージが送られてきたので、すでに消化試合となってしまったチケットを手に入れて神宮球場にやってきたのだ。

 

 クイズ大会の帰り際、「今度は古葉さんの方から誘って」とタクトに言われたことがきっかけで、サユリは頭を悩ませることとなってしまった。遊園地に誘おうか。しかし、乗り物が苦手だという先輩はアトラクションを楽しめないだろう。動物が苦手なので、動物園や水族館も不可。人気バンドのコンサートに誘おうとも考えたが、流行りの音楽の話に興味を示さなかったことを思い出す。プロ野球が好きだと言っていたのを思い出し、野球観戦に連れてってくださいとお願いした。神宮のチケットを取ったと連絡が入ると、あわてて野球のルールや有名選手のことをインターネットで調べまくった。

 

 2回の裏、ヤクルトの助っ人外国人が打席に入る。

「古葉さんは、どこか応援しているチームとかないの?」

「お父さんは巨人ファンなんですけど、私はあまり野球の試合を見たことがないんですよ。それで、野球に詳しい長谷川先輩と一緒に野球観戦して、いろいろ教えてもらおうと思ったんです」

「そうなんだ。基本的なルールとかは分かるの?」

「はい。ホームまで進めば1点とか、アウト3つでチェンジとかくらいは分かります」

 マウンドでは、若手のピッチャーがキャッチャーミットめがけて白球を投げる。

 ”カコーン”大きな音が外野席にまで響く。2人が座っている席のななめ後方にボールが落下する。特大のホームラン。ヤクルトの貴重な先制点となった。

「すごい!この選手、よくホームランを打つんですよね?」

「まあ、今シーズンのホームラン王は確実だけど、まさか今日見られるとは思わなかった」

 突然の特大ホームランを目の当たりにして、タクトの気分は上ずっていた。

 試合は、ヤクルトが着実に得点を重ね、終わってみれば5点差の圧勝だった。

「今日の試合どうだった?」

 タクトは、帰る準備をしながらサユリに話しかける。

「大きなホームランが見れて楽しかったです。それと、長谷川先輩の解説も面白かったです。先輩は野球についても詳しいんですね」

「まあ、小学生の頃は少年野球のチームに入っていたからね」

「えっ、そうなんですか。長谷川先輩がスポーツをやっていたなんて意外です」

 タクトの意外な過去を知ったような気がした。

 今言ってしまおう。サユリは覚悟を決めた。

「終われない青春」 20

 ペペロンチーノには「絶望のパスタ」という意味があるんだよ。まともに材料を用意していない状態でも、ニンニクとオリーブオイル、唐辛子さえあれば作れることからこう呼ばれているんだ。

 運ばれてきたパスタを前に、タクトが雑学を披露する。

「先輩って物知りですよね。どうやってそういう雑学を勉強しているんですか?」

 サユリは、興味ありげな表情でタクトに尋ねる。

「普段からアンテナを張り巡らせておくことだよ」

 真顔で答えるタクトを見て、サユリは噴き出しそうになる。キャミソールも知らないくせに……サユリは笑いをこらえながら質問を続けた。

「じゃあ、流行りのアイドルとかは気にしないんですか?」

「うん。興味がないからね」

 ばっさりと切り捨てる。このセリフをアイドルのプロデューサーが聞いたら悲しむだろう。タクトは、時々厳しい意見をずけずけ言うことがある。こういう一面も、サユリの目には魅力的に映っている。

「じゃあ、私のような髪型のことを何て言うか分かりますか?」

 サユリは、からかうような口調でタクトに問いかける。

「その髪型に名前なんてあるのかい?」

 正解にたどり着きそうにないので、ポニーテールだと教えてあげた。

「ポニーテール……たしかに馬の尻尾のような形だね」

 競馬場に通い詰めているタクトは、競走馬の尻尾を飽きるほど見ていた。馬の尻尾のようだ、と真顔で言ったタクトがおかしくて、サユリは思わず笑い声をあげた。

「馬の尻尾みたいって、何言ってるんですか!」

「ごめん……古葉さんのことを馬みたいだと言ってるわけじゃないんだ。そういう髪型もありだと思うよ」

 サユリを怒らせてしまったと思ったタクトは、必死に弁解する。その様子が面白かったようで、サユリはけらけらと笑い声をあげている。

「そんな、謝らなくてもいいですよ。怒ってるわけじゃないですから。ポニーテールは有名な髪型なんです。先輩、これも知らなかったんですか?」

「知らないよ。髪型なんてみじんも興味がないもん」

「いや、興味なくても普通は知ってると思いますよ」

「それは、古葉さんがファッションとかに詳しいからだよ」

 

 S駅のホームには多くのサラリーマンが電車を待っていた。タクトとサユリは反対方向の電車に乗るため、ここで分かれることになる。まもなく、タクトの乗る電車がやってきた。

「また、今度何かあったら誘ってください」

 電車が駅のホームに到着する直前、サユリが言う。

「今度は古葉さんの方から誘ってよ。僕の行きたいところばかりじゃ申し訳ないから」

 タクトの何気ない言葉に、サユリは驚きの表情を浮かべる。

 私が長谷川先輩を誘う……考えただけでも胸が震えてきた。

「じゃあ、また今度」

 タクトが、到着した電車に乗り込む。

「今日はありがとうございました」

 閉まる寸前の電車に向かって、軽くお辞儀をした。

「終われない青春」 19

 今から行われるラウンドは、ここまで勝ち残った24人を6人ずつ、4グループに分けて行われる。各グループの上位2人が勝ち抜けとなり、次のラウンドに進むことができる。また、このラウンドでは正解した際にさいころを振ることができ、出目を当てることができれば3倍のポイントが獲得できる。ここまで残ったプレイヤーは強豪ばかりで、普通に戦っても勝ち目はないため、運の要素が含まれたルールはプラスにはたらくと、タクトは思った。

「これまでに西ドイツで開催されたオリンピックといえば、ミュンヘン、ベルリン、あとひとつはどこでしょう?」

 タクトは迷わずボタンを押す。

 ほかの人たちは、答えが分かっていないようだ。ミュンヘン、ベルリンと聞いて夏季オリンピックを連想したであろう。しかし、それでは正解にたどり着かない。冬季オリンピックは盲点となりやすいのだが、ウィンタースポーツに興味があるタクトにとってここにたどり着くことは容易であった。

「ガルミッシュパリテンキュルヘン」

 まるで早口言葉のような地名だ。タクトは、我ながら流ちょうに答えられたものだと感心する。

 ……ピンポンピンポン。

 先輩はこんなことも知っているのか、とサユリは衝撃を受ける。

さいころの数字を予想してください」

 司会の人から聞かれる。一瞬迷ったのち、3にします、と答える。

 問読みの人がさいころを転がす。出た目はまさしく3であった。一気に3ポイントを獲得する。その後、さいころの目こそ当たらなかったものの、着実に正解を重ねていき、グループ2位で勝ち抜けた。

「準決勝ステージまで進むなんてすごいです!」

 サユリは、戻ってきたタクトに声をかけた。

さいころの目も味方したよ」

 興奮を隠せない様子で話す。

 準決勝では、これまでよりもはるかに難易度が高い問題が出題された。タクトはほとんど答えることができなかった。

 席に戻ると、古葉さんが「素晴らしいです、ベストエイト」と声をかけてくれた。「まったく歯が立たなかった」と答える。

決勝が終了して帰り支度をしていると、「夜ごはん、一緒に食べませんか?」と古葉さんが誘ってきた。これまでの遠慮した様子はみじんも感じられなかった。

「何が食べたい?」

「パスタが食べたいです」

 

 2人はチェーンのパスタ屋に入った。