多趣味な社会人のブログ

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終われない青春 中編

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 9月最初の日曜日。サユリは、高校時代の友人と共に母校の文化祭に来ていた。卒業してから半年しか経っていないというのに、母校の校舎が懐かしいと感じた。お化け屋敷や縁日をひと通り楽しんだあと、友人と別れて書道部の個展に立ち寄った。
 「古葉先輩、お久しぶりです」後ろから、懐かしい声が聞こえてきた。1学年下のミユキだ。ミユキとは、休日に一緒に遊ぶほど仲が良かった。卒業以来疎遠になっていた空白を埋めるように、思い出話などに花を咲かせた。
 書道室を後にして、何かいい出店がないかと廊下を歩いていると、見覚えのある顔を見つけた。急激に胸が高鳴る。
「あっ、長谷川先輩、こっ、こんにちは!」
 突然のことにあわててしまい、しどろもどろなあいさつとなってしまった。
「やあ、古葉さん。久しぶり」
「先輩は、数学研究会のブースに顔を出すんですか?」
「いや、クイズ研究会の所に行って、早押しクイズをやろうと思ってる」
 今年誕生したクイズ研究会が早押しクイズのイベントを行うという情報を聞き、母校の文化祭に足を運ぶことにしたのだ。
「一緒に行ってもいいですか」
 勢いで言ってしまってから、急に恥ずかしくなる。
「分かった。一緒に行こう」
「実は早押しクイズに興味があったんで、行こうと思ってたんです」
 おかしなことを言ったわけではないのだが、ついつい取り繕うような言い方になってしまう。
 3階にあるクイズ研究会のブースにやってきた。このブースでは、早押しクイズに正解すると数字の書かれたパネルを自分の色にすることができ相手のパネルをはさむと自分の色に変わる、という有名なクイズ番組の企画を体験できるらしい。四人用のゲームのため、タクトとサユリのほかに現役の生徒と思われる2人と一緒に対決することとなった。クイズ研究会の生徒がルール説明をしているが、サユリは心臓がドキドキしてしまい、クイズどころではない。なにしろ、タクトの息遣いを感じられるほど2人の距離が接近しているのだ。
 タクトは、これから始まるクイズを前に、緊張感を高めていた。
 第一問、クイズ研究会の生徒が力をこめて問題を読み上げる。


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「北と、」
 ピコピコ―ン……早押しボタンの音が、室内に鳴り響く。
 押したのはタクトだった。
「北微東」
 一瞬、場に静寂が走る。サユリは、長谷川先輩が自信満々に答えたことに驚く。ほかの二人の解答者も、タクトの解答に驚いているようだった。
 ピンポンピンポン……正解を示す効果音が鳴り響く。問読みの人が、問題の続きを読み上げる。
「北と北東の間にある方角といえば北北東ですが、北と北北東の間にある方角といえば何でしょう?」
 北より微妙に東寄りなので北微東ということですね、と司会の人がフォローする。タクト以外の三人は、置き去りにされているような気分だった。
 問題は進み、パネルがタクトの色に染まっていく。サユリは、長谷川先輩ってすごいなと実感するとともに、自分も一問くらい答えてみたいと思っていた。
 第八問。
「あごの先から耳の中心を通る線の延長線上にある結び目はゴールデンポイントと呼ばれ最も見栄えが良いとされる、」
 ピコピコ―ン……解答権を得たのはサユリだった。
「ポニーテール」
 多分正解だとは思うが、ドキドキしてしまう。
 一瞬の間が空いたのち、効果音が鳴り響く。正解であることが確定した。たった一問正解しただけなのに、サユリの心は大きく弾んでいた。「クイズってこんなに面白いんだ」サユリは、早押しクイズの魅力にひきこまれていた。
 その後、サユリは女優の問題にも正解することができた。最終的にはパネルのほとんどがタクトの色になっていたが、早押しクイズを体験できたので大満足だった。

「古葉さんすごいね。ポニーテールなんて言葉知らなかったよ」
 真顔で言うタクトを見て、サユリは思わず吹き出してしまった。
「先輩、ポニーテール知らなかったんですか!」
 タクトがファッションに興味がないことは知っていたが、まさかポニーテールを知らないとは思わなかった。
 早押しクイズの話をしていると、エプロンをつけたウェイトレスが二人のもとにパスタを運んできた。サユリの後輩のクラスがパスタ屋を出しているということで、この模擬店にやってきた。タクトは、高校生の時に一度も模擬店に足を運ばなかったので、文化祭の新しい一面を知れた気がした。
 模擬店を出ると、お化け屋敷に行かないかとサユリに誘われた。しかし、競馬のメインレースを見たかったので、用事があると言ってサユリと別れ、競馬場に向かう。


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 10月上旬の競馬場。いくぶん暑さは和らいだが、場内は人々の熱気に包まれている。今日は、スプリンターズステークスという大きなレースが開催されるのだ。タクトは、このレースで2番人気の馬を狙っている。1番人気の馬は、充分な実績を残しており飛び抜けた人気になっているのだが、ジョッキーが不調なため勝てないと予想した。競馬は馬の力だけでは勝てない。上に乗るジョッキーの判断力があってこそ、レースに勝利できるのだ。というわけで、2番人気の馬に1万円を賭けることにした。
 ファンファーレに包まれながら、全馬ゲートに収まる。ゲートが開き、スタートが切られた。タクトが賭けた2番人気の馬は素晴らしいスタートを切り、先頭に立った。1番人気の馬は中盤で脚を溜め、最後の直線に余力を残すように走っている。
 タクトが賭けた馬を先頭に、十数頭のサラブレッドがカーブを曲がってくる。最後の直線、1番人気の馬はラストスパートをかけようとする。しかし、前にいる馬が邪魔になって、加速することができない。
「馬鹿野郎!」「ふざけんな!」
 1番人気の馬に賭けていた客たちから怒号が飛び交う。タクトの予想通りのレース展開となった。
「このまま!逃げ粘れ!」
 タクトは、自分が賭けた馬に声援を送る。ラスト50メートル地点。もうすぐゴールというタイミングで、3番人気の馬が外側から迫ってくる。頼む、抜かれるな。1着でゴールしてくれ。タクトは祈る気持ちでレースを見つめる。だが、そんな願いもむなしく、外側から追い抜かされてしまった。馬券は一瞬で紙切れに変わった。
 1番人気の馬が負けるところまで予想できていただけに、余計に悔しい。3番人気の馬に賭けておけばよかったと後悔した。
 途中のコンビニで買ったさきイカを口にくわえ、イヤフォンで尾崎豊の曲を聴きながら長い家路を進む。帰りの電車内がすごく混雑していたので、一つ手前の駅から歩くことにした。頭の中では、すでに来週のレースのことを考えていた。


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 サユリは自分の部屋でTVを眺めている。TVの中では、有名大学を卒業した“インテリ芸能人”たちによるクイズ対決が繰り広げられていた。クイズ番組を観るたびに、長谷川先輩のことを思い出す。早押しボタンの前で息を殺し、読み上げられる問題を遮るようにボタンを押す様子は、さながら獲物を狙う狩人であった。クイズ番組を観ているうちに、無性に長谷川先輩とやりとりしたくなった。サユリは、ある決意をもってスマートフォンの電源を入れた。

(長谷川先輩、先日のクイズは楽しかったです)
(先輩に本気で聞いてほしいことがあるんですけど、いいですか?)
 
 何だろう……。
 タクトは、古葉さんからのメッセージを見て不思議に思った。古葉さんにはもっと親しい友人もいるだろうに、わざわざ俺に相談したいこととは何なのか。いくら考えてみても、何も思いつかない。それにしても、文中の「本気」という言葉が気になる。

(いいですよ)
 
 タクトの返事を見て、サユリは練りに練った文章を打ち込む。

(実は長谷川先輩と一緒に委員会の仕事をしていた頃から、先輩の気配りができる部分に魅かれていました。また、先輩と話をするといつも新たなことに気づかされ、楽しい気分になれます。先輩との楽しい時間をたくさん過ごしたいので、私とお付き合いしていただけませんか?私も、長谷川先輩を幸せにするために精一杯頑張るので、どうか私の彼氏になってください)
 
 もう一度文章を確かめ誤字脱字がないか入念に確認してから、祈りを込めて送信する。いつ長谷川先輩からの返信がくるのか、結果はどうだろうか。サユリは、期待と不安が同時に押し寄せてくる感情の波に呑み込まれそうになっていた。しばらくスマートフォンの画面を見つめていたが、先輩からの返事はいつも時間が経ってからくるため、部屋の片づけをすることにした。こういうときは、何かしていないと落ち着かないものだ。気分が昂っているのか、本の背表紙がわずかにずれていることさえ気になってしまう。
 部屋の片付けが一段落したのでスマートフォンを確認してみるが、先輩からの返信は届いていない。夕飯ができたと母親の声がしたので、1階のリビングに向かった。


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 えっ……付き合う?彼氏?
 タクトはLINEのメッセージを読んで困惑していた。これまでの人生で誰かに恋心を抱いた経験はゼロ。そもそも、恋愛というものに興味がない。どうしたらいいのだろう。古葉さんにはどのような返事を送るべきなのか、しばらくの間考えてみた。古葉さんを傷つけないよう、文章の端々まで注意して最大限の配慮をしたメッセージを送信した。

(僕のことを褒めてくれてありがとうございます。古葉さんの想いは、しっかり伝わりました。しかし、私は今まで恋愛をしたことがないため、付き合うということがどういうことか分かりません。古葉さんの想いに応えられなくて申し訳ありません。しかし、古葉さんならもっと素晴らしい人に巡り合えると思います)

 恋愛とは茶道のようなものだと考えている。茶道には表千家裏千家があることぐらいは誰でも知っている。しかし、表千家裏千家が具体的にどういう流派かを知っている人は、少数派であろう。恋愛というものの存在自体は知っているが、中身についてはほとんど知らない、興味がないということである。言いえて妙な表現だ、と我ながら感心する。
 それにしても、古葉さんが自分に対して好意をもっていたとは意外だった。幼いころから内気な性格で、人づきあいが苦手だった。小学生の頃などは、相手に合わせることばかりを考えて、自分らしさを出せなかったこともあった。その反動もあったのか、現在では自分の主張を前面に押し出すような性格になっていた。そんな性格が原因で、周りの人から嫌われることもままあった。古葉さんは、僕のことを気配りができる人だと思っているようだが、それは的外れだと思う。あくまで委員会の後輩だったからであり、いつも周りに気を配っているわけではない。また、大学生になってからわがまま度が増しているのを実感している。
 スマートフォンでオセロのネット対戦をしていると、メッセージの通知がきた。サユリからの返信だ。オセロの負けが確定すると、すぐにLINEを起動した。


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 先輩は恋愛そのものに興味がなかったのか。
 サユリも本格的に誰かと付き合った経験はないが、いつかは恋をしてみたいと思っていた。できれば、相手は長谷川先輩がいい。これまで出会った男性のなかで、1番魅力を感じた人だから。LINEの文面ではやんわり断られているが、可能性はまだあると思った。長谷川先輩に彼女がいるわけではないのだから。

(私も、誰かとお付き合いした経験はありません。最初は、恋愛の仕方など分からなくて当たり前だと思います。2人で一緒に、恋愛というものを経験してみましょう。はじめは、友人のつもりで接してください。徐々に仲を深めていきましょう)

 長谷川先輩には、気の弱い一面があるようにみえる。それは、気配りができることの裏返しだと思う。後輩である私に対しても丁寧に接してくれることが、長谷川先輩に魅かれる要因のひとつでもある。先輩は、恋愛をすることに自信がないだけなのだ。もうひと押しすればいける。そう思ってアタックをかけた。
 先輩といろんなことがしたい。一緒にカラオケやショッピングに行きたい。遊園地に行ったらどんなに楽しいだろう。いや、先輩は遊園地に興味がないかもしれない。きわめて自分勝手な妄想が、頭の中を駆け巡る。

(分かりました。古葉さんの彼氏として振舞える自信はないですが、友人として付き合いましょう。幼いころから友人と呼べる人が少なかったので、僕の友人になってくれてありがとうございます)

 やったー……
 タクトからの返信を読んで、全身が喜びで満たされる。友人としての付き合いではあるが、委員会の先輩後輩という関係を脱することができたのは大きい。いずれは恋愛関係になれるだろうと、サユリは信じていた。

(こちらこそ、ありがとうございます。友人になった証に、今度どこかに遊びに行きましょう。先輩の行きたい場所があったら、ぜひ教えてください)

 


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 古葉さんとは価値観が違いすぎるのではないか、とタクトは感じていた。友人になるといっても、お互いのベクトルが離れすぎていては心から楽しめないのだろう。そもそも、古葉さんはなぜ俺なんかと付き合いたいと思ったのか。しばらく考えてみても、一向に答えが出なかった。
 友人になることを承諾してしまったのだから、とりあえず返信を送らなくてはいけない。行きたい場所を教えてくれといわれても、まさか競馬場というわけにはいかない。そもそも、一般的な女学生はどんな場所で遊んでいるのだろうか。自分の行動範囲の中から、古葉さんを誘っても差し支えなさそうな場所を選んで、LINEの返信を送る。

(再来週の日曜日にクイズ大会があるんですが、一緒に出場してみますか?場所はM市で、時間は11時開始です。興味があったら返信ください)

 古葉さんは、文化祭の早押しクイズでも楽しそうにしていたので、クイズ大会なら出場してみる気になるかもしれない。
 今度のクイズ大会は千葉県にゆかりのある学生向けの大会で、40人ほどの参加者が集まる見込みだ。社会人が参加する大会は問題のレベルが高すぎるため、タクトでもほとんど答えられない。なので、最近は学生向けの大会を中心に出場している。今度の大会は、学生向けの大会であるということにくわえ、千葉県にゆかりのある学生という条件付きなので、上位に進出するチャンスがある。

 タクトが駅の改札を出ると、すでに古葉さんは到着していた。「おはよう」と挨拶を交わし、早速大会の会場に向かう。
 サユリはタクトからのメッセージを読むと、すぐに参加したいという旨の返信を送った。文化祭の早押しクイズを思い出してワクワクした。いや、正確にはタクトと会えることが楽しみで仕方がなかったのだ。
 会場の入り口で受付を済ませると、ホールの中に入る。席は指定されていないので、2人は後ろの方の席に並んで座る。開始まで時間があるので、受付で配付された企画書を読んでいると、「シングルチャンス形式って何ですか?」と隣に座っている古葉さんが尋ねてきた。
「シングルチャンスというのは、早押しクイズで最初に押した人が間違えた時、他の人には解答権が移らないという形式だよ。ただ、間違えたら減点されるから、むやみに押していいというものではないよ」
 そうか。普段クイズをやらない人には、ルールが分かりづらいんだ。そんなことに今更ながら気づいた。そういえば、俺もクイズ大会に出始めたばかりの頃は慣れないことが多かったな、と昔の自分を懐かしむ。
 開会を宣言するアナウンスが場内に響き渡る。


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細川たかし
 北酒場レコード大賞を受賞、と聞いたら細川たかししかない。タクトは自信をもって答える。
 ピンポンピンポン……
 趣味で演歌を聞いているタクトにとって、これはサービス問題だった。
「P大学の長谷川さんが、このラウンド最初の問題を正解しました」
 やっぱり長谷川先輩はすごいな、とサユリは改めて思った。
 その後もタクトは正解を重ねていき、このステージを突破した。
「勝ち抜けるなんてすごいですね!」
 サユリは、戻ってきたタクトに話しかける。
「いや、たまたま得意な分野の問題が続いただけだよ」
 謙遜したわけではなく、本心からでた言葉である。演歌と競馬の問題が出てなかったら勝ち抜けられなかっただろう。こういうとき、自分は何かを持っているんだと実感する。

「お昼ご飯これだけで足りるんですか?」
 タクトが買ったチー鱈を見て、サユリが尋ねる。2人は昼休憩の時間に、近くのコンビニまで昼食を買いに来ていた。
「大丈夫。大会の時は、食べ過ぎないようにしているんだよ。食べ過ぎると眠くなってしまうからね」 
 最近のタクトは、昼ごはんをあまり食べなくなった。お昼を抜くことも珍しくない。その分、夜にたくさん食べるようになっていた。サユリの方は、サンドイッチや菓子パンなどを買っていた。
 会場に戻ると、スマートフォンで競馬中継を聴きながらチー鱈をかじる。午後からのクイズに向けて、集中力を高めているのだ。一方、午前中で敗退してしまったサユリは、楽しそうにサンドイッチをかじっている。まるでピクニックに来たかのようなはしゃぎぶりである。
「キャミソール」……ピンポンピンポン
 この瞬間の興奮がよみがえる。サユリが今日答えられた問題はこの一問だけであったが、大満足の結果だった。先輩はキャミソールなんて聞いたことがないよ、と言っていた。まあ、ノースリーブを知らなかったのだから、キャミソールを知らなくてもおかしくはない。ここからは、得意分野の偏った先輩を応援することに専念しよう。
 タクトにとっての本当の勝負はこれからだ。


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 今から行われるラウンドは、ここまで勝ち残った24人を6人ずつ、4グループに分けて行われる。各グループの上位2人が勝ち抜けとなり、次のラウンドに進むことができる。また、このラウンドでは正解した際にさいころを振ることができ、出目を当てることができれば3倍のポイントが獲得できる。ここまで残ったプレイヤーは強豪ばかりで、普通に戦っても勝ち目はないため、運の要素が含まれたルールはプラスにはたらくと、タクトは思った。
「これまでに西ドイツの都市で開催されたオリンピックといえば、ミュンヘン、ベルリン、あとひとつはどこでしょう?」
 タクトは迷わずボタンを押す。
 ほかの人たちは、答えが分かっていないようだ。ミュンヘン、ベルリンと聞いて夏季オリンピックを連想したであろう。しかし、それでは正解にたどり着かない。冬季オリンピックは盲点となりやすいのだが、カーリングやスピードスケートに興味があるタクトにとって、ここにたどり着くことは容易であった。
「ガルミッシュパリテンキュルヘン」
 まるで早口言葉のような地名だ。タクトは、我ながら流ちょうに答えられたものだと感心する。
 ……ピンポンピンポン
 先輩はこんなことも知っているのか、とサユリは衝撃を受ける。
さいころの数字を予想してください」
 司会の人から聞かれる。一瞬迷ったのち、3にします、と答える。
 問読みの人がさいころを転がす。出た目はまさしく3であった。一気に3ポイントを獲得する。その後、さいころの目こそ当たらなかったものの、着実に正解を重ねていき、グループ2位で勝ち抜けた。
「準決勝ステージまで進むなんてすごいです!」
 サユリは、戻ってきたタクトに声をかけた。
さいころの目も味方したよ」
 興奮を隠せない様子でまくしたてる。
 準決勝では、これまでよりもはるかに難易度が高い問題が出題された。タクトはほとんど答えることができなかった。
 席に戻ると、古葉さんが「素晴らしいです、ベストエイト」と声をかけてくれた。「まったく歯が立たなかったよ」と答える。
決勝が終了したので、帰り支度をしていると「夜ごはん、一緒に食べませんか?」と古葉さんが誘ってきた。これまでの遠慮した様子はみじんも感じられなかった。
「何が食べたい?」
「パスタが食べたいです」
 2人はチェーンのパスタ屋に入った。


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 ペペロンチーノには「絶望のパスタ」という意味があるんだよ。まともに材料を用意していない状態でも、ニンニクとオリーブオイル、唐辛子さえあれば作れることからこう呼ばれているんだ。
 運ばれてきたパスタを前に、タクトが雑学を披露する。
「先輩って物知りですよね。どうやってそういう雑学を勉強しているんですか?」
 サユリは、興味ありげな表情でタクトに尋ねる。
「普段からアンテナを張り巡らせておくことだよ」
 真顔で答えるタクトを見て、サユリは噴き出しそうになる。キャミソールも知らないくせに……サユリは笑いをこらえながら質問を続けた。
「じゃあ、流行りのアイドルとかは気にしないんですか?」
「うん。興味がないからね」
 ばっさりと切り捨てる。このセリフをアイドルのプロデューサーが聞いたら悲しむだろう。タクトは、時々厳しい意見をずけずけ言うことがある。こういう一面も、サユリの目には魅力的に映っているのかもしれない。
「じゃあ、私のような髪型のことを何て言うか分かりますか?」
 サユリは、からかうような口調でタクトに問いかける。
「その髪型に名前なんてあるのかい?」
 正解にたどり着きそうにないので、ポニーテールだと教えてあげた。
「ポニーテール……たしかに馬の尻尾のような形だね」
 競馬場に通い詰めているタクトは、競走馬の尻尾を飽きるほど見ていた。馬の尻尾のようだ、と真顔で言ったタクトがおかしくて、サユリは思わず笑い声をあげた。
「馬の尻尾みたいって、何言ってるんですか!」
「ごめん……古葉さんのことを馬みたいだと言ってるわけじゃないんだ。そういう髪型もありだと思うよ」
 サユリを怒らせてしまったと思ったタクトは、必死に弁解する。その様子が面白かったようで、サユリはけらけらと笑い声をあげている。
「そんな、謝らなくてもいいですよ。怒ってるわけじゃないですから。ポニーテールは有名な髪型なんです。というか、文化祭のクイズ大会で私が答えたの覚えてないんですか?」
「覚えてないよ。髪型なんてみじんも興味がないから」
「いや、興味なくても普通は知ってると思いますよ」
「それは、古葉さんがファッションとかに詳しいからだよ」

 S駅のホームでは多くのサラリーマンが電車を待っていた。タクトとサユリは反対方向の電車に乗るため、ここで分かれることになる。まもなく、タクトの乗る電車がやってきた。
「また、何かあったら誘ってください」
 電車が駅のホームに到着する直前、サユリが言う。
「今度は古葉さんの方から誘ってよ。僕の行きたいところばかりじゃ申し訳ないから」
 タクトの何気ない言葉に、サユリは驚きの表情を浮かべる。
 私が長谷川先輩を誘う……考えただけでも胸が震えてきた。
「じゃあ、また今度」
 タクトが、到着した電車に乗り込む。
「今日はありがとうございました」
 閉まる寸前の電車に向かって、軽くお辞儀をした。