多趣味な社会人のブログ

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終われない青春 前編

             1

 

「4番差せっ!」
 全霊を込めた熱い応援が、5秒後にはため息に変わる。
 3日分のバイト代が一瞬で紙くずとなった。
 タクトは今、千葉県のとある競馬場に来ている。バイトが休みの日には、朝から夕方まで競馬場に入り浸る。時間の経過とともに、外れ馬券が増えていく。ただ、たまに大きいのが当たるから厄介なのだ。買った馬券が絶対に外れるのなら、競馬なんてとっくにやめている。
 現在大学2年のタクトは、友人に誘われたのがきっかけで競馬にのめり込むようになった。競馬が開催される週末には、必ずと言っていいほど競馬場に足を運ぶ。予定が入って競馬場に行けないときでも、空いた時間を見つけては場外発売所に赴き、馬券を購入する。そんな悪習慣がすっかり身に染みてしまった
 パドックで馬の状態を観察していると、ポケットの中でスマートフォンが鳴った。画面には、バイト先の学習塾の名前が表示されている。
「はい、長谷川です。お疲れ様です」
「おう、お疲れ様。このあと、時間空いてる?」
「はい、今日は空いてますよ」
「実はね、古田さんに急用ができて来られなくなっちゃってね。ピンチヒッターとして3時間目から来てほしいんだけど、いいかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
「ありがとう。いつも助かるよ」
 電話を切ると、左腕にはめている腕時計に目をやる。12時27分。3時間目は16時10分から始まるので、14時までにここを出れば間に合う。塾で欠員が出たら、できるだけピンチヒッターとして駆けつけることにしている。そのおかげで、塾長や同僚から信頼を得ることができている。塾の時給は、コンビニや居酒屋に比べて高い。そのおかげで、ギャンブルに多額のお金を吸い取られても何とか生活が成り立っている。しかし、破滅するのも時間の問題だろう。すでに、競馬がライフサイクルの中心となっている。また、刺激を求め、賭ける金額も次第に大きくなっている。このままでは、給料が増えてもそれに比例して失う金額が増えるだけである。この状況に危機感を抱いてはいるが、すでに自分ではギャンブルに対する衝動を抑えることが出来なくなってしまっている。


               2


「2年C組の古葉サユリです。よろしくお願いします」
「3年F組の長谷川タクトです。一緒に会計委員会の仕事を頑張りましょう」
 古葉さんは、自ら副委員長に立候補してきた。委員会の役職には付きたくない人が多いので、やる気のある人だなと思った。ちなみに、タクトは昨年自分から副委員長に立候補した。会計委員会では、2年生の時に副委員長になった者が3年生になったら委員長を務めるという伝統がある。タクトは、リーダーになれるチャンスは滅多にないと思い、立候補したのであった。
 昔から人前で話すのが苦手だったタクトとは違い、古葉さんは委員会の集まりでも堂々と話していた。また、パソコンの操作にも慣れており、機械オンチなタクトは何度も古葉さんに助けられていた。
 あるとき、放課後のコンピュータ室で仕事をしているときのことだった。生徒総会が近づいており、タクトは最終下校時刻ぎりぎりまでパソコンにデータを入力していた。
「古葉さん、申し訳ないんだけど、このデータをエクセルでグラフにしてくれませんか」
 エクセルの操作が分からなかったタクトは、隣で書類のチェックを行っていた古葉さんに助けを求めた。
「いいですよ。これをグラフにまとめればいいんですね」
 ものの5分でグラフは出来上がり、生徒総会で配付する資料は完成した。
「いつもごめん。大変な仕事を古葉さんに任せてしまって」
「いえいえ、簡単な作業ですから。誰にでも苦手なことはあります。それを含めて、長谷川先輩ですよ」
「ありがとう。いつも本当に助かってるよ。コンピュータ室のカギは僕が職員室まで返しにいくよ」
 面倒な仕事を引き受けてくれたので、カギくらいは自分で返しに行こうと思った。
「私も一緒に行きましょうか」
「大丈夫だよ。仕事頑張ってくれたから先に帰りな」
 サユリは少し残念そうな表情を浮かべるが、タクトは気づかない。
「ありがとうございます。お先に失礼します」
「さようなら。気をつけて」
 古葉さんに挨拶を済ませると、職員室にカギを返しに行った。


                3

「長谷川先輩、今までありがとうございました。大学に行っても頑張ってください」
 今年度最後、つまりタクトが委員長として出席する最後の委員会が終わり、委員がみな去った後、サユリはタクトにお礼の言葉を言った。
「古葉さんこそ頼りない僕についてきてくれてありがとう。これからは、会計委員会の委員長として頑張ってね」
「いや、先輩と委員会の仕事をしてきた1年間、本当に楽しかったですよ」
 サユリは、タクトに対して密かに好意を抱いていた。これまでも、委員会の仕事で一緒にいるときに何度かシグナルを出してきた。しかし、鈍感なタクトは全く気づかなかった。
 委員会の連絡をするためにLINEを交換していたので、タクトの卒業後もサユリは委員会の仕事を教えてもらうという名目で、何度かタクトに連絡を取ったりもした。あるときは、それとなく恋心をにおわした文章を送ってみたこともある。しかし、タクトからの返信は期待外れなものばかりだった。
 大学生になり、忙しくなったタクトは、サユリのことなど忘れていた。大学生として初めての夏休みに入り、忙しさが一段落すると、ふと高校の後輩のことを思い出した。タクトは高校時代、数学研究会の会長を務めていた。全学年合わせて10人にも満たない小規模な研究会であったため、学年の垣根を超えてメンバー同士の仲が良かった。タクトには、1学年下の後輩が3人いる。勝負の夏を迎え受験勉強に勤しんでいる後輩たちに向けて、LINEで激励のメッセージを送ることを思いついた。3人の後輩に向けてメッセージを送信し、ふとトーク履歴に目をやると、古葉さんのアカウントが目に入った。そういえば、古葉さんも3年生だなと思い、かつての副委員長にもメッセージを送ることにした。とはいっても、数学研究会の後輩たちとは違い委員会のことでしか話したことがなかったので、文面に困った。結局、学校通信に出てくるような当りさわりのない文章を送った。

(長谷川先輩、ありがとうございます。先輩のメッセージに、とても励まされました。受験頑張ります)
 
 送信してから5分もたたないうちに、古葉さんから返信が送られてきた。LINEを送ったことで、逆に気を遣わせてしまったのかなと思った。心の中で、「古葉さん頑張れ」とつぶやいた。

 

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 スマートフォンの通知を見て驚いた。長谷川先輩からLINEのメッセージが届いていたのだ。胸の鼓動が高鳴る中、すぐにスマートフォンのロックを解除して、LINEを開く。内容は、受験勉強に対する応援メッセージだった。長谷川先輩は私のことを気にしていてくれたんだ。そう思うと、たまらなくポカポカとした感情が湧きあがってきた。文面を最後まで読み終えると、あわてて返信文を作成し送信する。送信ボタンを押してから、ありきたりな文章になってしまったことに気づいた。せっかく先輩からメッセージが届いたのだから、もっと気の利いた返事を送ればよかったのにと後悔した。
 書道部を引退してからの半年間、毎日のように夜遅くまで勉強を頑張った結果、サユリは都内の有名私立大学に合格することができた。両親や仲の良い同級生、担任の先生への報告をひと通り終え、骨身を削った受験勉強への労を自らねぎらった。
 入学に関する手続きが一段落すると、合格したことを長谷川先輩へどのように報告すべきか考えた。もしかしたら、先輩と連絡をとる最後のチャンスかもしれない。慎重に文面を検討したが、結局第一志望の大学に合格したことを報告するだけのシンプルな内容になってしまった。
 翌朝、サユリがスマートフォンの電源を入れると、先輩からの返信が来ていた。

(合格おめでとう。ここからが本当のスタート地点です。いろんなことにチャレンジして、後悔のないように学生生活を楽しんでください)

 後悔のないようにという部分に目がとまった。すでに会計委員会の委員長を引退しているので、委員会の仕事について尋ねることはできない。このまま時間が経てば、長谷川先輩と連絡を取る口実がなくなってしまうのだ。むろん、適当な口実を付けてLINEのやり取りをすることはできるが、不自然な印象を与えてしまうだろう。もしかしたらブロックされてしまうかもしれない。チャンスは今しかない。5分ほど考えた末、文章を作成する。
 
(今度、どこかの喫茶店で会いませんか?思い出話に花を咲かせたいです。場所は、長谷川先輩の都合が良い場所でいいですよ)
 
 文面を打ち終えたところで少し迷いが生じた。委員会の仕事でしかつながりのなかった先輩を、あからさまに誘っていいのだろうか。しかし、このまま何もしなければ後悔をするだけだ。数秒ためらった後、意を決して送信ボタンを押した。

 

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 古葉さんすごいな。それがタクトの率直な感想だった。古葉さんが合格したZ大学といえば誰もが知る一流大学であり、卒業生の多くは官僚や弁護士、大企業への就職といった道に進む。その中でも、最難関といわれる法学部に合格したのだから、そうとう受験勉強を頑張ったのだろう。とりあえず、月並みな祝福メッセージを送る。
 
 タクトも勉強は得意な方だった。模試を受けても、偏差値60を下回ったことはない。担任や進路指導の先生からも、難関大学を狙えると言われ続けた。しかし、偏差値ばかりを求めて勉強することに嫌気が差し、家の近くにあるP大学を第一志望に据えた。P大学とは、入試で名前さえ書けば合格になるような、いわゆる底辺大学である。進路面談では親や担任に猛反対されたが、会計を学ぶのに大学のブランドは関係ないと押し切った。将来は会計士になるんだと意気込み、周りが受験勉強している中、簿記の勉強に勤しんだ。
 P大学の試験問題は、簡単すぎて退屈なものだった。タクトが1年生の時に受験していても、7割程度正解できただろう。合格発表のとき、自分の受験番号を見つけても大して喜ばなかった。むしろ、ここからが本当の勝負だと思っていたのである。
 特待生としてP大学に入学したタクトは、着実に勉強を重ね、日商簿記の2級を取得した。大学の授業でも、他の人とは違った考え方を発言し、同級生や教授からも一目置かれる存在になった。しかし、順風満帆な学生生活は長く続かなかった。底辺大学であるため、志の低い学生が大半を占める。そのような学生たちに引っ張られ、勉学への意欲がそがれてしまい、秋学期には授業もさぼりがちになっていた。ただ、授業のレベルが低かったので、進級に必要な単位は難なく取ることができた。
 
 古葉さんにメッセージを送ったあと、スマートフォンのゲームに興じていると、LINEの通知が届いた。内容を確認すると、どこかで会いたいと書いてある。思い出話といっても、古葉さんとは委員会活動をしたくらいしか話せることがない。かといって、大学生活に向けてのアドバイスなどできるはずがない。底辺大学に進み、自堕落な生活を送っている人物の言葉に1ミリの価値もないだろう。直接会ったところで、いったい何を話せばいいのだろうか。いろいろと考えたうえで、古葉さんへ返事を送る。


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(お誘いありがとうございます。あさっての午後2時に、K駅待ち合わせということで大よろしいでしょうか?)

 サユリは、スマートフォンの画面を見て舞い上がった。すぐに返信を送る。

(もちろんです。わざわざ時間を割いていただき、ありがとうございます。)

 先輩とのやりとりがLINEを介したもので良かったと思う。もし電話だったら、嬉しすぎてまともな会話にならなかっただろう。何を話そうか、何を着ていこうか。今から、あさってのことで頭がいっぱいだった。委員会の仕事を丁寧に教えてくれたこと、細かなことに気を配ってくれたこと、ひとつひとつの場面が頭の中によみがえる。

 高2のとき、書道部だったサユリは文化祭に向けて、篆書と呼ばれる歴史ある書体を用いた作品を書き上げた。ダイナミックで味のあるサユリの自信作は、3年生の部長にも認められ、人目につきやすい入り口付近に展示された。
 文化祭の当日、サユリは書道室で受付をしていた。焼きそばの屋台やお化け屋敷に客を奪われたせいか、書道室にはほとんど人が来なかった。スマートフォンを見て暇つぶしをしていると、来客がやってくる気配がしたので、あわててスマートフォンをポケットにしまう。久々にやってきた客の顔を見て、サユリの胸が一気に高鳴った。来客の正体は長谷川先輩だった。
「あっ、長谷川先輩!」
 驚きから声がかすれてしまった。
「暇だったから見に来ました。古葉さんの作品はどれですか?」
「あっ、その作品です」
 あわてて自分の作品がかかっている壁を指さす。
「あっ、これか。書道に詳しくない僕が言うのも失礼かもしれないけど、繊細で趣のある作品だね。これを完成させるの大変だったでしょ」
「いえ、全然失礼なんかじゃないです。ほめていただき、ありがとうございます」
 胸の鼓動がさらに速くなる。
「40枚くらい練習しました。字の特徴をつかむのに苦労したんですけど、書いていくうちにコツを掴めました」
「すごいね!40枚も練習するなんて。僕なんて、書き初めの課題が出ても1枚しか書かないで提出するのに」
 タクトは笑いながら言う。
「まあ、普通はそうですよね。書道部の先輩にはもっと練習する人もいるんですよ」
 長谷川先輩と委員会以外の話をしたことで、サユリは完全に舞い上がっていた。
「へえ、書道部には真面目な人が多いんだね。それじゃ、失礼するよ」
 そう言うと、タクトは書道室から出ていった。
 わずか5分足らずの出来事だったが、サユリにとっては永遠のように長く感じた。

 考えてみれば、長谷川先輩と委員会以外の話をしたのは文化祭のときくらいだ。先輩と会ったところで、果たしてまともに会話が続くだろうか。いや、思い出話で時間がもつはずがない。ならば、いっそのこと告白してしまおう。サユリは、一気に決意を固めてしまうと、告白するシチュエーションについて考えを巡らした。


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 13時40分、すでにサユリは待ち合わせの場所であるK駅に到着していた。服装は、前日から悩んだ末、薄いピンク色のワンピースに決めた。気持ちがはやっているのが自分でもわかった。時間の進みはこんなに遅かっただろうかと思うほど、待ち合わせまでの十数分がとても長く感じる。
 13時55分、改札を出ようとする長谷川先輩の姿を見つけた。緊張感が一気に高まる。
「長谷川先輩!お久しぶりです」
「あっ、お久しぶりです。すみません、一瞬古葉さんだって気づけなかったです」
 本来なら先輩なのだが、タクトはなぜか敬語になる。タクトは、後輩に対しても、打ち解けるまでは敬語を使ってしまうクセがあるのだ。
「えっ、本当ですか!この1年の間に、そんなに変わりましたかぁ」
「あっ、ごめん。そのぉ、高校のときは制服姿しか見たことがなかったので……。本当にすみません」
「古葉さんって、こんなに可愛かったっけ」
 タクトは内心を悟られないように取り繕おうとするが、しどろもどろになってしまう。
「いや、そういうつもりで言ったわけではないです。先輩の方は変わってなかったので、すぐに分かりましたよ」

「ここらへん、ほとんど来たことがないんだけど、喫茶店とかあるかな」
 タクトは周りを見渡しながら言う。
「喫茶店なら、ファンマルクとかベローキがありますよ」
 サユリはチェーンの喫茶店を候補として挙げる。
「じゃあ、ベローキがいいかな」
 喫茶店のことなどよく分からなかったので、言葉の響きで選んだ。
「それなら、こちらです」
 サユリは、タクトを案内しながら歩く。
「なんか人が多いね。イベントでもやってるのかな」
「K駅はいつもこんな感じですよ」
 そうこうしているうちに、ベローキに到着する。土曜日ということもあり、店内は8割近く埋まっていた。窓際の2人掛けの席に座り、メニューを見る。
「古葉さんは何にする」
 タクトはメニューを見ながら言う。
「えっ、えっと、カフェラテにします」
 サユリはあわてて「冷たいの」と付け足した。
 タクトは、自分のアイスコーヒーと一緒にアイスカフェラテを注文する。
 注文を取ったウェイトレスの女性が立ち去ると、サユリはどう話し始めたらいいか迷っていた。


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「あのぉ、大学生活って楽しいですか?」
 サユリは、緊張から背筋がピンと伸びている。
「うん。高いレベルの知識が得られるから楽しいよ」
 タクトは、無理をしているのが自分でも分かっていた。水は低きに流れる。授業や周りの学生のレベルが低すぎて、自堕落な生活に片足を突っ込んでいる状態だ。ただ、後輩の手前現状をそのまま話したくはなかった。
「そうなんですか。すごい真面目に勉強しているんですね」
「いや、そんなことはないよ。遊びにも行くし」
 古葉さんに対して、どういうスタンスで話せばいいのか分からない。
 お互い、探り合うような会話が続く。微妙な空気が2人の間に流れる。
 会話が途切れたタイミングで、店員が飲み物を運んでくる。それをきっかけに、会話が進み始めた。会計委員会の思い出や、変わり者の古典教師の話などで盛り上がる。タクトは、ずっと気になっていたことを切りだした。
「あのぉ、その服小学生の頃から着てたんですか?」
「えっ、どうしてですか。去年買ったものですけど……」
 サユリは、思いもよらない質問に戸惑う。
「いや、右腕の袖が破れていたから……ご、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃったかな。お金がなくて、服とか買えないのかなと思って……」
 一拍おいて、サユリが笑い声をあげる。賢そうな先輩と、的外れな言葉とのギャップに可笑しさがこみあげてきた。
「先輩、こういうデザインなんですよ!まさか、お金がなくて昔の服を着てたと思ったんですか。フフッ、私はそんなに貧乏じゃないですよ」
 ツボに入ったのか、笑いが止まらない。
「本当にごめん。そういうデザインってことを知らなくて、心配になっちゃって。そういう服だったんだ、安心したよ」
 タクトは、申し訳ないことを言ってしまったなと反省する。
「いいんですよ。先輩面白いですね」
 この会話がきっかけで、話が弾んでいった。何でも知っていそうな知的なイメージのタクトが、現代の流行についてほとんど知らないことは、サユリにとって意外だった。そう言った部分を見つけようとして、他愛もない会話を重ねた。流行りのアイドルや俳優、SNSのことなど、ほとんど知らなかった。頼りがいのある先輩にもこういった一面があることを知り、サユリはますますタクトの魅力に惹かれていった。


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「そういえば、先輩が参加された経済甲子園の全国大会、結果はどうだったんですか?」
 経済甲子園とは、経済の知識を競うクイズ大会である。タクトが高3の時、数学研究会の浅井という後輩を誘って出場した。タクトたちのチームは、県大会で並みいる強豪を抑えて優勝し、全国大会へコマを進めた。タクトたちは全校集会で表彰され、ちょっとした話題となった。
「44チーム中9位だった。全国大会のレベルは高くてさ、クイズ大会常連のS高校やH学院には全く歯が立たなかったよ」
 この話をするとき、ついつい自慢気な口調になってしまう。自分の力で全国大会に出場したという自負があったからだ。2人が通っていた高校は、地元では進学校として知られていたが、全国的には無名である。そんな高校が、全国有数の名門校と同じ土俵で戦ったことに優越感を感じていた。
「でもすごいですよ!全国9位は立派な成績ですって」
 サユリは目を輝かす。正式なクイズ研究会がない中で、独自に勉強して全国大会に出場した先輩のすごさを再確認した。
「一緒に出場した数学研究会の方も、経済に詳しいんですか?」
「いや、浅井君は理系だから経済には詳しくないよ。3年生は受験で忙しくて出てくれそうになかったから、後輩を誘ったんだよ。まあ、浅井君が大会にエントリーしてくれたり、大会会場までの電車を調べてくれたりしたから、安心してクイズに集中できたんだけどね。」
 私のことを誘ってくれればよかったのに、とサユリは思った。電車の乗り換えを調べることぐらい、私にでもできる。一緒に出場できていたら、どんなに楽しかっただろうか。大会に出場するメンバーを探していることを私に話してくれれば、そう思うと残念で仕方なかった。
 机の上のボタンを押して店員を呼び、飲み物のおかわりを注文する。何か食べ物を頼んだらというタクトの提案に乗っかり、サユリはモンブランを注文した。
 他愛もない話に花を咲かせていると、いつの間にか16時を過ぎていた。盛り上がっているときの時間は早く進む。サユリは、先輩からどのタイミングで話を切りだそうかと迷っていた。先輩との空間は、良い雰囲気で満たされている。しかし、告白することで、せっかくの空気をぶち壊しにしてしまうのではないかと心配していた。
「もう、こんな時間か。そろそろ帰ろうか」
 タクトは腕時計をちらりと見ていう。会う前は何を話していいか不安だったが、意外と盛り上がったなと思った。
「そうですね。今日はわざわざ時間を取っていただきありがとうございました」
 先輩との楽しい時間を満喫した。思いがけず、先輩の意外な一面を知ることもできた。しかし、最大の目的は果たせなかった。消化しきれない思いを胸に、サユリは帰りの電車に乗った。


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サユリと喫茶店で会ってから1週間後、タクトは自宅で競馬新聞をにらんでいた。明日は高松宮記念という大きなレースがあるため、その予想に頭を悩ませている。最近は、ギャンブルに大きな金額を賭けるようになったため、バイト代の4分の3ほどが競馬や競輪に消えていく。このままではまずいことを頭では理解している。しかし、一度身についた習慣は簡単には直せない。もう戻れない泥沼まではまってしまったのだ。
 昼下がりの競馬場。タクトは競馬新聞を確認しながら、マークシートを塗りつぶす。5000円札が自動発券機に吸い込まれ、代わりに名刺くらいの大きさの紙が吐き出される。
 十数頭の馬が、カーブを曲がって最後の直線に入ってくる。
「山本、頑張れ!」
「池谷、差してこい!」
「6番、何やってるんだよ!」
 場内は、歓声と怒号に包まれる。サラブレッドたちのゴールと共に、タクトの馬券は紙切れとなり下がった。1着馬と2着馬は当たったのだが、3着馬が外れた。まったく人気のない馬が食い込んできたのだ。
……惜しかった。あの馬を3着に入れとけば、3か月分のバイト代が儲かったのに。
 これだから競馬はやめられない。次こそは大きいのが当たると思って、一年近く競馬場に通い続けてきたのだ。高校の時、経済甲子園に向けてお金の勉強をしたことで金融リテラシーはあるため、借金を抱えたりはしていない。むしろ、地道に貯金を続けており、それなりの額が貯まっている。だが、ギャンブルで失った時間は大きい。もうすぐ2年生になるが、これからも貴重な時間を失いつづけるのだろうか。考えただけで気分が重くなるが、それでもギャンブルをやめるという選択肢にはたどり着かない。一度、ギャンブルをやめようかとチャレンジしたことがあったが、週末が近づくとどうしても競馬のことを考えてしまい、土曜日には競馬場に足を運んでいた。日本にはギャンブルが溢れている。競馬や競輪、パチスロ、宝くじ。種類は違えどお金と時間をむしり取られることに関して大差はない。
 一度踏み外した道を元に戻るのは簡単ではないのだ。